2000年10月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

米国におけるサイバー・セキュリティ政策関連動向


    1. サイバー犯罪とプライバシー保護

     サイバー犯罪の取締りとプライバシーの保護は、時として相反することがあり、政府や市民にとって大きな問題となっている。ここでは、匿名を利用したメールの取り扱いに関して司法省と市民団体が対立するケースを取り上げ、個人のプライバシー保護とセキュリティ管理が衝突する事例を検証する。



    (1)「電子フロンティア」報告書

     2000年3月9日、司法省は「電子フロンティア:インターネットの利用による違法行為の挑戦(Electronic Frontier: The Challenge of Unlawful Conducting Involving the Use of the Internet)」(http://www.usdoj.gov/criminal/cybercrime/unlawful.htm)という報告書を発表した。この報告書は、「インターネットの利用による違法行為に関するワーキング・グループ(Working Group on Unlawful Conduct on the Internet)」が、サイバースペース上での不法行為を取り締まるための提言をまとめたものである。このワーキング・グループは、リノ司法長官がリーダーを務めており、「インターネットは社会に大きな利益を与えると同時に、違法行為をたくらむ人物によって、強力で新しい手段として利用される可能性が大きくなっている」としている。 同報告書では、インターネット上の違法行為を防止又は検挙するために、以下の3つのストラテジー構築が必要であるとしている。


    • プライバシーや市民の権利保護を考慮しながら、従来の犯罪対策をインターネット上の犯罪対策に適用する。
    • インターネット犯罪に対抗するため、連邦・州・地方政府の法執行機関の能力、機器、メソッドのグレードアップを行なうと同時に、国際的な協力も行なう。
    • 民間企業、メディアや市民団体と協力し、インターネット犯罪を減少させるよう努力する。特に、サイバー倫理教育やインターネット犯罪を防ぐ技術の発展を図る。 また、報告書では、法律執行機関は、以下のような新しい能力を身につけなければならないと提言している。
    • 国内国外を問わず、従来の司法区域を越えたインターネット通信の即時追跡能力
    • 匿名を使ったユーザーの身元確認を行なう能力
    • 国内外の法執行機関との協力関係構築
    • 調査し法廷で起訴するために適切な証拠を集める能力


     さらに報告書は、「これらの新しい問題にうまく対応できるように既存の連邦法を改正する必要性もある」と述べている。



    (2)匿名性の保護についての議論

     「電子フロンティア」によって提言された政策のうち、市民団体が問題としたのは、「司法当局が匿名を使ったユーザーの身元確認を行なうことができるようにする」という匿名性にまつわるものであった。


     この報告書では、現在施行されている法律で、オンライン上の犯罪はほとんどが対処できるが、それでもインターネットは新しい問題を投げかけているとしている。このような問題として、「オンライン上で匿名を名乗る犯罪者を捜索するのが難しいこと、他の管轄地区にいる犯罪者を見つけるのが難しいこと、そして司法分野におけるオンライン技術に長けた人材の不足」が挙げられるとしている。特に、インターネットの匿名性を利用して、詐欺、児童ポルノの販売、銃やドラッグ等の販売、ソフトウェアのような知的所有権で守られている製品の不法販売が行なわれていると指摘している。さらに、犯罪が実際に行なわれる前であっても、「司法当局は、現在、建物を爆破するとの脅迫メッセージのような匿名メールが誰から送信されたのかを、短い期間で調査し確定する必要に迫られている」としている。


     これに対してプライバシー擁護団体から、憲法上で認められている匿名性を弱め、オンライン上でのプライバシーが守られなくなるとして強い反対の声が挙がっている。 報告書では、現在の技術の程度からして、「(特に正体を隠すため何らかの処置を行なっている慣れたユーザーについて)個人の身元を割り出すことは難しい」とし、「厄介な問題」としている。この報告書内では、オンライン・プライバシー擁護の横行が、効果的な法律執行を妨げることもあるという表現に留めているものの、これに対して市民団体が噛み付くことになった。


     ACLUのスタインハート次長は、「法律が改正されるのであれば、それはプライバシーの権利を削減するのではなく、よりアメリカ人のプライバシーを守る方向にもっていくべきである」と述べている。また、同じくACLUの法律担当グレゴリー・ノエイム氏も、「インターネット上の匿名性は「厄介な問題」ではなく、憲法上保護されている権利である。司法当局や国家安全機関は、インターネット上のペンネームでさえ非合法にしようとしている」と強く批判している。ACLUは、他の市民団体の中でも積極的にロビイング等を行なっており、当該報告書は、統計データがない、インターネットで犯罪を行なった数少ない犯罪者にまつわる逸話だけを取り上げていると、この報告書の信憑性について疑問を投げかけている。


     市民団体は、インターネット上で匿名を使うケースのうち、コンピュータ・ウィルスや児童売春のような悪質な犯罪に利用されるのは少数であり、それよりも、AIDS患者、政治的圧力を受けている個人・団体、人種差別の対象となっているマイノリティがさらなる差別や復讐を防止するために利用する方が多いと主張している。もし、匿名を名乗る権利が剥奪されれば、このようなユーザーが自由な意見を主張する場が失われるというのが一般的な見方である。 合衆国憲法第1修正(First Amendment)では、合衆国政府が、(1)国教を樹立すること、(2)宗教の自由を抑圧すること、(3)言論及び報道・出版の自由を制限すること、(4)平穏に集会する権利を侵害すること、(5)政府に請願する権利を侵害すること、が禁じられている。米国最高裁判所は、匿名による言論も憲法第1修正によって認められているという判決を出している。例えば、95年のマッキンタイア対オハイオ選挙委員会の最高裁判決では、匿名で書かれたパンフレットの作者の身元証明を義務付けるオハイオ州法を連邦法の精神に反対するものとし、匿名による言論は「社会の発展において、重要な役割を果たしてきた」と指摘している。 司法当局と市民団体の双方とも、インターネット上での犯罪者を割り出す技術の開発と、匿名による言論の自由を維持することは、時に相反することを認めており、解決策を出すのはなかなか難しいと考えられている。



    民間セクターの反応

     しかし、市民団体による反対の動きとは裏腹に、政府がインターネットの匿名性が起こす危険性を軽く見すぎていると指摘するインターネット・セキュリティ専門家も多い。


     バージニア州レストンに本拠を置く、オンライン・データ保護企業のグローバル・インテグリティ社のダン・ウーリーCEOによると、「サイバー犯罪の増加によって、企業のイメージと評判が大きくダウンする危険性がある」と述べている。彼によると、新しい技術に合うような、新しい法律を制定する必要性があるという。また、司法省等の法執行機関に、サイバー犯罪の知識の豊富なスタッフを拡充することも民間企業から要求されている。


     ITAA代表のハリス・ミラー氏は、「現在の法律では証拠の収集を行なうことが難しい。しかし、新しい法律の制定は、ゆっくりと進められなければならず、民間企業の声を反映させることが不可欠である」とITAAの姿勢を表明している。


     司法省では、報告書が発表された直後から、市民団体や民間企業との話し合いを進めており、その結果によってこれからどのような法的規制を進めていくかを検討するという。



    おわりに

     上述したように、IIICとGBDeにおいて、情報セキュリティに係る国際的な議論を聴く機会があったが、どの国の代表も、これからの12ヶ月くらいが最も重要なときであると認識し、真剣な議論を行っていた。日本の代表も積極的に議論に貢献しておられたことに敬意を表するとともに、やや安心もした次第である。ただ、日本の国民の認識はどうだろうか。私事の例を挙げて恐縮だが、先日子供の通うエレメンタリースクールの父母会であるペーパーを受け取った。コンピュータとインターネット利用に関する誓約書のようなもので、授業で生徒がパソコンを使う場合、不適切なコンテンツに触れない、コピーライト法を遵守する、生徒のプライバシーに係る情報をインターネットに流さない、ウィルスを広めるようなことでシステムにダメージを与えた場合は弁償する、ことなどが記され、生徒と親が署名して学校に提出することになっている。パソコンは5〜6歳のキンダーガーテンの生徒から使い始めるので、これらの生徒も誓約することになるわけである。因みに、うちの3年生(日本の2年生)の子供の担任は、教室にある4台のPC(生徒数20名)を使い、最近はインターネットでオーストラリアの情報を集めて子供にレポートを書かせているとか、ブラインドタッチでキーボードを使うことを教え始めているなどと言っていた。最近の日本の状況は知らないが、ここまで行っているのだろうか(それには英語教育が先か)、などとふと思った次第である。



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