2000年12月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

米国におけるIT R&D政策の動き


2. IT R&D計画の進捗状況

 これまで使われて来たHPCC(High Performance Computing and Communications)という言葉に代わって、2001年度予算要求からはIT R&Dというありきたりの統一名称が使われている。これは昨年度のIT2計画を巡る、HPCCと何が違うのかなどという議会審議での混乱の反省によるもので、IT2 やPITAC勧告から生まれた新しい研究分野も、ASCIなどもひっくるめてIT R&Dとしたのである。


 NCO(アドレスまでcicc.govからitrd.govに変えている)が今年はやっと9月に出したブルーブック「Information Technology : The 21st Century Revolution」(http://www.itrd.gov/pubs/blue01)の構成も、上述の予算表で見てもわかるように、昨年度までのものとはかなり変わっている。中心的なHECC(High End Computing and Computation)は、ハードの調達とアプリケーションの開発に係るHEC I&A(High End Computing Infrastructure and Applications)とテラフロップス級の システムや要素さらには超先端的アーキテクチャーの開発を行うHEC R&Dに分けられている。従来HuCS(Human Centered Systems)としてきた分野は、大量の情報を様々なユーザーが使うと言う時代になってきたため、HCI & IM (Human Computer Interface and Information Management)として範囲を拡大している。そして、PITACの勧告にあったソフトウェアの開発の高度化や、信頼性、安全性、適応性などの重要度を勘案して、新たにSDP(Software Design and Productivity)を独立して設けるとともに、従来のHCS(High Confidence Systems)をHCSS(High Confidence Software and Systems)に拡張している。そして最後に、これもPITACの勧告にあったITの社会・経済等に及ぼす影響のスタディの必要性を加えるため、従来のETHR(Education, Training, and Human Resources)をSEW(Social, Economic, and Workforce Implications of IT and IT WorkforceDevelopment)と変えている。


 さて、IT R&D計画の今年のアップデートであるが、何をやっているかはブルーブックと7月に出されている「インプリメンテーション・プラン(FY1999-FY2000)」(http://www.itrd.gov/pubs/imp99/ip99-00.pdf)を見れば詳細に示されているが、両方併せて500ページ近くにもなる大部のものなので、簡単に概要を述べると言うわけにもいかない。そこで、ここではプログラムの中心であるHECとLSN/NGIからトピックのようなところを挙げておくことにする。


(1)HEC

 ハイエンド・コンピューティングについて米国の目指すところは、テラフロップス級のシステムを使いこなすことと、ぺタフロップス級(メモリーではエクサバイト級)のシステムに必要な技術を開発することの大きく二つである。前者については、上述のIBMやコンパックのもののように、商用機でテラフロップス級のものが手に入るようになっているため、NSFが支援するイリノイ大学のNCSA(National Center for Supercomputing Applications)(http://www.ncsa.uiuc.edu)を中心とするAlliance(National Computational Science Alliance)と、SDSC(San Diego Supercomputer Center)(http://www.sdsc.edu)を中心とするNPACI(National Partnership for Advanced Computational Infrastructure)(http://www.npaci.edu)などにおいてか、あるいはDOEのASCI機のアカデミック利用などにより、それこそ自由にどの大学でも研究が行われており、改めて説明を加えるようなところはないかもしれない。


 後者については、前回も触れた超電導利用のHTMT(Hybrid Technology Multithreaded )アーキテクチャー(http://htmt.jpl.nasa.gov)のプロジェクトや、NASAが進めてきてSC2000でも広く使われていたLinuxベースのクラスターシステム「べオウルフ」(http://www.beowulf.org)プロジェクトなどが知られているところであるが、今年良く目にしたのがクウォンタム(量子)・コンピューティングについてである。(なお、量子コンピューティングとは何かということについて、ここで簡単に説明すべきだが、説明できるほど理解が至らないので、電総研の川畑博士のサイトと(http://www.etl.go.jp/~shiro)玉川大学の量子通信研究部門のサイト(http://www.tamagawa.ac.jp/SISETU/GAKUJUTU/pderc/rqcs/index.html)を紹介するに留めたい。)


 さて、ブルーブックにもNSA、NSF、DARPA等によるクウォンタム関連プロジェクトについての記述があるが、全貌を知ろうという試みは、何と議会でも成されていたのである。下院科学委員会基礎研究小委員会における、9月12日の「Beyond Silicon-based Computing: Quantum and Molecular Computing」(http://www.house.gov/science/hearing_106.htm#Basic)と題する公聴会がそれである。そのヒアリングのポイントとして上げられているのは、(1) 非シリコン・ベースのコンピュータ分野での過去10年間の進展、(2) DNA及び量子コンピュータに対する連邦助成の規模と体制、(3) それらの実用時期、(4) 民間におけるこれらの分野での取組み、(5) 外国との比較における米国の位置、となっている。


 証言に立ったNSFの担当次長Dr. Ruzena Bajcsyは、Quantum Information science(QIS)の分野には、陸海空軍、DARPA、NSA、NSF、NASA、NIST、DOEなどが参画しており、2000年度における連邦R&D経費は3,000万ドル以上になっているとし、全体の調整はノースカロライナの米陸軍研究オフィスを中心とする「QIS 調整グループ」によって行われていると述べている。また、DNAコンピューティングについては、NSFとして230万ドル程度、Bio-molecularコンピューティングについては530万ドル程度を2000年度に支出するとしている。国際比較については、EUが今年1月に「Quantum Information Processing and Communication Initiative (QIPC)」を立ち上げ、1,750万ユーロの支援をしているほか、日本でも量子コンピューティングは今やファッショナブルであり、通産、科技、文部、郵政の各省や、NTT、NEC、日立、東芝、三菱などがこれに取り組んで西側に追いつき追い越そうとしている、などと発言している。


 また、QIS研究の第一人者であるIBMワトソン研究所のDr. Charles Bennettは、過去数十年はムーアの法則に従ってきた微細化も今後20年以内には原子サイズの限度に達してしまい、次世紀の米国のITにおける競争力はQISのような分野で支えるしかないと力説し、このような長期にわたる基礎的研究には連邦政府のさらなる支援が不可欠であると訴えている。なお、IBMのアルマルデン研究所が8月15日、5つの基本量子ビット(qubit)(5つのフッ素原子)を含む量子コンピュータを使って、通常のコンピュータでは反復サイクル必要な数学の問題をワンステップで解くことができたとの画期的な発表を行っている。


 この公聴会の後も、クォンタム・コンピューティングについては力が入っており、後述するように9月に発表されたNSFのITRでは、「革新的コンピューティング」の項目の中で、カリフォルニア工科大の5年間、500万ドルをかけての量子情報研究所の設立などを含むいくつかのクォンタム関連のプロジェクトが採択されている。また、10月にDARPAは「Quantum Information Science and Technology (QuIST)」計画として、クォンタム・コンピューティングの要素技術開発などに係る研究の提案公募を出しており、5年間で総額1億ドルを予定しているとしている。



(2)NGIとインターネット2

 98年度からスタートしているNGIも全5ヶ年計画のうちの3年を過ぎ、98年10月に上述のセンセンブレナー下院議員/フリスト上院議員の連携で成立させた98年NGI研究法もこの9月末で期限を迎えているわけである(が上述のように後継法は成立しなかった)。ここでおさらいしておくと、NGIの目標は大まかには、(1) 97年当時の1000倍の速度(エンド・ツー・エンドで1Gbps以上、テストベッドはOC192(9.6Gbps)となるDARPAのSuperNet)のネットワーク上でのネットワーキング技術(信頼性、安全性、品質)を確立することと、(2) 同じく100倍程度の速度(エンド・ツー・エンドで100Mbps以上、テストベッドはOC48(2.4Gbps)となるvBNSやAbilene)のネットワーク上で使う革新的なアプリケーションを開発すること、となっている。これらについての中間評価が、NGI研究法の指示に従って、PITACによって、この4月末にまとめられ、5月4日、大統領と議会に提出されているので、その概要を以下に示すことで、進捗を見ることにしたい。

                

PITACによる2000年度NGI評価報告(2000年4月28日)(要旨)

http://www.ccic.gov/ac/pitac_ngi_review-28apr00.html

  1. 先端的ネットワーキング研究:DARPAとNSFは、光ネットワークをダイナミックにコントロールする分野を切り拓き、超高速通信インフラに新時代をもたらしつつある。

  2. NGIテストベッド:100倍のテストベッドには既に150以上のサイトが、1000倍の方には15以上のサイトが、当初目標(100サイトと10サイト)を上回 って接続され、デスクトップ・ツー・デスクトップでの速度も昨年における80Mbpsから900Mbpsにアップし、さらに、クオリティ・オブ・サービス(QoS)が必要なアプリケーションを実験するためのQBoneネットワークも構築された。

  3. NGIアプリケーション:NIH/NLMが多くの有望なアプリケーションを助成し、NASA、DARPA、NOAAなどがデジタル・アース・プログラムで協力するなどの進展があり、100以上のアプリケーションが開発されつつあるが、まだNGIが提供できる高速度やQoSを真に必要とするアプリケーションは少ない。

  4. 到達度(Reach):NGI計画は直接は過疎地域、マイノリティ、小規模大学などへの到達度の問題に対処するためのものではないが、地域的な到達度としては、NSFのHPC(High Performance Connection)計画は50州全体をカバーし、18の過疎州に40件のグラントを与えており、マイノリティ及び小 規模な大学への到達度としては、HPCは全米2,200大学中の177に及んでいるが、“two historically black and five Hispanic ― serving institutions”が含まれる。

  5. 技術移転:NGI研究では民間企業、大学、公的研究機関が協力し合っていることで多くの技術移転の機会が提供され、既に10を越えるスタートアップ企業(資本総額で300億ドル程度)が生まれている。

  6. 機関間協力:LSN調整グループにより調整されつつ、機関間協力は効率的に行われている。

  7. ITリーダーシップ(米国の世界に対する):99年2月に報告したように、米国が引続き世界のITをリードするためには、政府サポートがあまりに不足している。

  8. リコメンデーション:
    • NGI計画は予定された資金レベルで2002年まで延長されるべきで、特にアプリケーションへの強調が必要。
    • 議会は、NGI研究大学が近隣の“smaller or disadvantaged institutions”の中心となって指導できるよう追加的な予算措置をとるべき。
 NGIに加え、インターネット2(http://www.internet2.edu)にも係るネットワークのことで、少しアップデートをしておこう。


 NSFがMCIワールドコムと契約し、5年間、毎年100万ドル払って利用してきたvBNS(http://www.vbns.net)は、この3月で契約が切れたが、さらに3年間、無償(100万ドルは必要なく)で延長された。もちろん、接続料はこれまでどおり大学が払うことになるが、NSFからの2年間35万ドルまでの接続料半額助成はなくなったので、小さな大学にとっては大変になっているのだろう。そのワールドコムであるが、昨年6月に既に商用に拡張したvBNS+を発表していたが、上記の契約切れに伴い、こちらを前面に押し出して宣伝している。vBNS+はPacket over SONET and ATMのデュアル・バックボーンで、今年内にはOC48(2.4Gbps)にも拡張される。vBNSより速い上に、民間企業でも参加できるのでそれらとの接続も出来るし、商用インターネットワークに直接つながってはいないものの、メールを送ることなどは出来るので大変便利ですよなどと売り込んでいる。さすが担当副社長が、インターネット生みの親のビンセント・サーフ氏だけあって、成果はどんどん民間に移行していくべきですよと言うのであろう。


 もう一つのAbilene(http://www.ucaid.edu/abilene)であるが、今やvBNSに代わってインターネット2の中心的なバックボーンとなり、この10月末で171の大学が接続(他に11大学が準備中)している。こちらはIP over SONETで速度はOC48(因みにこの速度での年間接続料は49万5千ドル)、この6月からは中西部を皮切りにIPv6も導入し、また来年以降順次OC192(9.6Gbps)のIP over DWDMに移行していく。


 AbileneはインターネットのQoSを高めようと言うQBoneアーキテクチャーのテストベッドともなっており、この11月のSC2000ではそのデモ「QoS Enabled Audio Teleportation」が行われていた。これはダラスの会場とスタンフォード大学をAbileneを介して結び、CD音質の音楽のリアルタイム・ストリーミングを双方向で行うと言うもので、わざとネットワークの途中に混雑を起こしたりしても、パケットのロスや時間遅れのない伝送が可能であることを実証した。このデモは、SC2000のネットワーク・チャレンジにおいて最も魅惑的なデモだったしてアウォードを得ている。


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