2001年5月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

2000年の回顧と2001年の展望


2.デジタル・エコノミーとEソサエティの進展

(1)デジタル・エコノミーの進展

 1991年以来、史上最長の経済拡大を続ける米国経済を称して、昨年は「ニュー・エコノミー」という言葉がよく使われた。ニュー・エコノミーとは、一言で言うと「景気変動が小さく、インフレ無き経済成長を続ける経済」ということになるのであろうか。そして、IT革命こそがニュー・エコノミーの原因であり結果であると評され、クリントン政権は一貫してITを振興してきた同政権の政策を自画自賛し、諸外国も「米国に倣え」とばかり一斉にIT振興を図ったのであった。  ニュー・エコノミー論は専門家にお任せすることにするが、確かに米国の経済活動を見ると、インターネットをはじめITは、もはや"定着"とか"浸透"という次元ではなく、完全にその"前提"になっているとの感を強くする。


 既に少し古くなってしまったが、米国商務省(http://www.doc.gov/)が2000年6月に公表したレポート「Digital Economy 2000」(http://www.esa.doc.gov/de2k.htm)に、ITが如何に米国経済に寄与しているかが分析されているので、以下にそのポイントを記す。    

     
  • 米国の経済拡大は今や10年目に入るが、特に1995年以降の生産性向上の半分以上はITによる寄与。95年から99年の年率2.8%の生産性向上は、73年から95年の1.4%の倍となっている。生産性の向上はインフレーションを低減させ実質賃金を増大してきた。

  • IT産業自体は、GDP(99年名目ドルで9.3兆ドル)の8.3%程度を占めるに過ぎないが、95年以降の経済成長には約1/3の貢献をしている。(表1参照)

  • ITのインフレーション低減への貢献については、ITそのものの価格低下(例えばコンピュータ価格は95年〜99年において年率26%で低下)が、平均インフレ率を94年から98年まで年平均0.5%ポイント下げるとともに、ITによる生産性向上が、他の産業のインフレ率も低減している。
  • ITのハードとソフトへの実際のビジネス投資は95年から99年までの間に倍増以上の2,430億ドルから5,100億ドルになった。そのうちのソフト部分だけでは820億ドルが1,490億ドルになっている。(この5,100億ドルというのは96年実質ドルで、この時点の設備投資全体9,750億ドルの52%。名目ドルでは4,070/8,930億ドルで43%。)

  • ワークフォースについても、IT産業の労働者数は92年の390万人から98年の520万人と、年率6.5%で増えたが、中でもソフトウェアとコンピュータ・サービスの部門が、同時期に85万人から160万人へと最も急速に伸びている。IT産業の労働者の平均給与も、98年で、全民間産業平均の31,400ドルに対して、85%高い58,000ドルとなっている。

     

 
表1 米国の経済成長に占めるIT産業 の寄与度
 

 

94

95

96

97

98推計

99推計

実質国内総所得(GDI)の増減率

4.2

(%)

3.3

3.5

4.7

4.8

5.0

IT の寄与

0.8

(%ポイント)

1.0

1.2

1.3

1.3

1.6

その他全産業の寄与

3.4

(%ポイント)

2.3

2.3

3.4

3.5

3.4

GDI増減に占めるITの割合

19

(%)

30

34

28

27

32


(出展:米国商務省「Digital Economy 2000」)



(2) Eソサエティの進展

 インターネットは経済活動のみならず、米国の社会活動にも急速に普及し、連邦政府や州政府などの電子政府に向けた取組みなどとも相俟って、Eソサエティが着々と進展していると言えるだろう。  やはり米国商務省が2000年10月に公表したレポート「Falling Through the Net: Toward Digital Inclusion」(ネットからの脱落:デジタル社会への参画に向けて)(http://search.ntia.doc.gov/pdf/fttn00.pdf)には、ITがどの程度米国民に普及しているかが階層別、地域別など様々な視点から分析されている。(2000年8月時点調査)

  • 家庭でのPC普及率は51.0%、インターネット利用率は41.5%。

  • オンライン利用者は1億1,650万人で、米人口の44.4%。

  • 都市と地域の格差は縮小し、地域のインターネット利用率は38.9%。

  • 低所得者層のインターネット利用拡大の速度が速く、98年12月との比較で、$25〜35Kは19.1%から34.0%、$35〜50Kは29.5%から46.2%に、$50〜75Kだと43.9%が60.9%に。

  • 黒人とヒスパニック世帯の伸びは高いが、未だ格差は大きく、黒人で98年12月の11.2%が23.5%に、ヒスパニックで12.6%が23.6%に。
 これらのレポートからも読み取れるように、米国経済社会の大きなトレンドとして、ITの普及は着々と進み、特に経済活動においては、ITの活用は"あたりまえ"のことになっている。このトレンドは当然2001年以降も継続すると考えられるが、上述のドットコム・バブル崩壊の教訓も踏まえれば、今後はITにどの程度の投資をし、それがどの程度の効果を上げたのか、つまりITの"量"より"質"が一層厳しく問われる時代になっていくのであろう。



(3) 政府による環境整備

米国経済社会におけるITの普及を促進し、その過程で生じる様々な問題を解決するべく、クリントン政権は様々な取り組みを行なってきた。その概要は、2001年1月16日に公表されたレポート「Leadership for the New Millennium: Delivering on Digital Progress and Prosperity (新ミレニアムに向けてのリーダーシップ:デジタル化と繁栄)」 (http://www.ecommerce.gov/ecomnews/ecommerce2000annual.pdf)にまとめられている。このレポートは、同政権のEコマース・ワーキング・グループがまとめたもので、クリントン政権のIT振興への取組みと米国経済の繁栄を振り返って自画自賛しているものなので、もちろん良い面ばかりを強調しているきらいがあるが、ここでその概要を記しておく。

  • 平等なデジタル機会の実現

    • 「e-rate」プログラムにより、米国の公立学校の90%以上、47,000の学校や図書館、100万以上の教室の3,000万人の子供達にインターネットへのアクセスを提供した。

    • 2001年度のコミュニティ技術センターへの予算を3倍増の1億ドルにして1,000の新しいセンターを設立し、家庭でコンピュータを使う余裕の無い人々に機会を提供した。

    • 40万人の教師を教室で効果的にコンピュータを使えるようトレーニングするためのグラントを提供した。また、州政府が学生にソフトウェアやインターネット・アクセスを提供し、教室にマルチメディア・コンピュータを増やし、教師に技術トレーニングを行なうのを支援するための技術リテラシー対策基金を1997年に創設し、2000年度には4億2,500万ドルを投入した。

    • 身体障害者などのインターネット利用を支援するため、産学の共同研究を支援、メディケアやメディケイドを拡充し身体障害者などの自立を助ける技術への支払いを対象経費に追加、身体障害者などを支援する技術サービスや装置の購入のための融資制度を創設、ボランティア団体に9百万ドルを与えて身体障害者などにインターネット教育を行なうボランティア1,200人を学校やコミュニティに派遣、など。

    • 官民協力により、中小企業にオンライン・Eコマース・コースやEコマース・ガイドブックなどの遠隔教育カリキュラムを提供。

    • G8は、主要途上国、産業界、NPOなどの強力な支持を得て、政策助言、人材育成、アクセス増加を通じてデジタル機会を世界規模に広げるための国際的取組みを開始した。

    • インターネットを活用することによって途上国の経済発展を支援するイニシアティブを1999年に11か国を対象に開始し、2000年には新たにインド、ヨルダン、マリ、インドネシア、ケニア、ナイジェリア、セネガル、ルーマニア、ギアナを対象に加えた。

  • Eソサエティの構築

    • 遠隔地に初期診療と特効薬を届けるための最新技術を導入し、先住民居住地への遠隔医療プログラムだけでも40を数える。

    • MedlinePlusサービスによって、専門家及び一般人の双方に対し、正確で最新で良質のヘルスケア情報をNIHの国立医学図書館(NLM)からオンラインで提供。MedlinePlus (http://www.nlm.nih.gov/medlineplus/)は特定の病状についての情報を提供するとともに、健康情報、辞書、医療機関のリスト、スペイン語他の健康情報、臨床試験情報へのリンクが張られており、毎月100万以上のヒットがある。また医薬品に関するレポートや安全情報を検索できるMedwatch (http://www.fda.gov/medwatch/)も利用できる。

    • 高速度DSLインターネット・サービスを可能にするため6,587マイルの光ファイバ敷設や127の地方電話交換所の更新に融資を行なった。また、地方の病院、学校、医者、教師、患者、生徒を医療研究機関、大学、図書館、医者、教師、大学教授と結ぶために1,870億ドルを支出した。また地方においてITトレーニングを行なうため移動インターネット自動車を導入した。

  • 国民の地位向上

  • 国民が全連邦政府機関のオンライン情報・サービスに容易にワンストップでアクセスできるようにするウェブサイトFirstGov.gov (http://www.firstgov.gov/)を構築した。2,700万のウェブ・ページが検索できる。

  • 政府ペーパーワーク削減法(GPEA)に基づき、各政府機関に対し、2003年10月までの電子ファイリング化に向けた計画策定と、リスク・コスト・便益を考慮した上での政府の活動・サービス全般への電子署名の導入を指示した。

  • 以下のような行政サービスのオンライン化を実現した。

    税金 - 納税者は内国歳入庁(IRS)のe-fileプログラム(http://www.irs.gov/elec_svs/)を利用して家庭から迅速かつ簡潔に申告できる。記入ミスは1%以下になり、還付は従来の半分の3週間以内に納税者の口座に振り込まれる。

    Students.gov - 高等学校卒業者が資金的援助、融資その他のアクセス・アメリカ・イニシアティブによる政府情報を入手できる。(http://www.students.gov/

    Seniors.gov - 高齢者が社会保障給付金その他の政府情報を入手できる。(http://www.seniors.gov/

    メディケア比較データベース - 様々なメディケア・ヘルスプランに関するコスト、質、便益などの総合的情報を対話型データベースにより提供し、最適なメディケアの選択を可能にする。(http://www.medicare.gov/mphCompare/home.asp

    ペーパーレス調達 - 政府調達に完全なペーパーレス調達プロセスを導入。総務庁(GSA)が入札者にデジタル署名の証明を発行し、これを使って入札と契約が電子的に行なわれる。 (http://www.fts.gsa.gov/

    キャンプ場予約 - 50,000以上のキャンプ場や施設の情報が入手でき予約もできる。(http://www.recreation.gov/

    • NSFは2000年10月11〜12日のインターネット政策研究所の電子投票ワークショップを後援した。このワークショップではオンライン投票にかかわるプライバシー、セキュリティ、本人確認、広範で平等なアクセス、代議士制民主主義への影響などの問題が議論された。

  • 消費者の信頼向上

    • 消費者保護を強化するため、産業界に対し行動規範の確立を求め、消費者教育を奨励し、オンラインでの誤解を招く又は人を騙す行為を取り締まった。

    • 革新的な代替紛争解決(ADR)メカニズムに関するワークショップを開催し、公正な紛争解決システムの構築方法、オンライン消費取引におけるADRの更なる活用の障害などについて意見交換した。

    • 産業界に個人のプライバシー保護を促し、プライバシー・ポリシーを掲げる商用ウェブサイトは1998年の2%から62%に上昇した。

    • FTCは2000年4月に、ウェブサイトが13歳以下の児童から個人情報を集め利用する前に親の同意をとることを求める児童オンライン・プライバシー保護法の施行規則を策定した。

    • 1996年の健康保険ポータビリティ・アカウンタビリティ法に基づいて、2000年12月に医療情報のプライバシーを保証する規則を策定した。

    • 米国とEUは大西洋にまたがるデータフローが妨げられないようにするためセーフ・ハーバー・プライバシー協定に合意した。同協定は、米国消費者のプライバシー保護を強化するとともに、米国に転送される欧州市民のプライバシー・データを効果的に保護するものであり、2001年11月に発効する。

    • 2000年1月に暗号製品の輸出政策を変更し、国家安全保障を堅持しつつ米国産業界の世界主要市場での競争に道を拓いた。7月には輸出先としてEU15か国と他の8か国を指定・公表した。

    • 2000年2月にクリントン大統領は産業界のリーダーに対し、米国のコンピュータネットワークの信頼性を検証するよう呼びかけ、7月には、プライバシー保護とコンピュータ犯罪の取締りを目的とし電話時代の条項をインターネット時代に沿うようアップデートすることなどを含む法案パッケージを提案した。

    • 2000年1月に政府として始めてコンピュータ・ネットワーク保護のための「国家情報システム保護計画」(http://www.ciao.gov/CIAO_Document_Library/national_plan%20_final.pdf) を公表した。

  • 境界の無い世界市場の創造

    • クリントン大統領は2000年6月30日に、電子的記録・署名・取引の法的有効性を担保することによって電子商取引を促進する「世界及び国内の商取引における電子署名法(E-SIGN)」に署名した。

    • 1998年5月のWTO電子商取引宣言に基づく電子的取引に対する関税免除措置を延長し、またあらゆる取引規範の電子商取引への適用に関するWTO作業計画を継続した。

    • G8、OECD及び二国間の場において、電子商取引に重複課税や差別的課税が行なわれないよう働きかけた。また国内的には、電子商取引諮問委員会の場を通じて州税や地方税の簡素化について議論を深めるとともに、インターネット接続税の恒久的禁止を訴えた。

    • 関連産業界との協力により、特許審査官のトレーニング強化、審査ガイドラインの見直しなどを通じて、ビジネス方法特許の申請の評価手続きを強化した。

  • インターネットの成長促進

    • 高速度インターネットサービスの早期実現のため、2001年度予算においては民間セクターがブロードバンド・ネットワークを都市部未普及地域や地方に展開するための補助金2百万ドル、融資1億ドルを要求した。

    • 民間セクター主導によるインターネットの技術標準設定に向けた自主的取組を支援した。

    • クリントン政権の強力な支援により民間セクターによって1998に設立されたInternet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)は、最初の会員総会と新しい理事会メンバーのオンライン選挙を行なった。またICANNは7つの新しいドメイン・ネームを選定した。
 以上、クリントン政権は、インターネットの経済的・社会的重要性を認識し、民間セクター主導でのインターネット普及を原則としつつ経済的には国内外での課税免除などの普及促進策を進め、社会的には医療や学習でのインターネット活用による生活の質の向上、電子政府の実現による国民の相対的地位向上を図るとともに、インターネットがもたらす負の側面への対策として、教育・福祉・中小企業対策・外交などの諸政策を通じたデジタル・ディバイドの解消、消費者のプライバシーの保護やコンピュータ・セキュリティの確保を図った、と総括できるであろう。  

 なお、電子政府及びコンピュータ・セキュリティについては、私の前任の長谷川氏が昨年の6月と10月の駐在員報告においてそれぞれ詳細な分析を行なっているので、御参照いただきたい。  

 さて、このようにクリントン政権は積極的なIT振興政策を行なってきたわけであるが、ではブッシュ新政権のITに対する取り組みはどうであろうか。詳細は別の機会に譲ることとするが、2001年4月9日に発表されたブッシュ政権の2002年度予算案を見ても、全体的な印象としてブッシュ政権はあまりITをクローズアップしていないように見受けられる。ただし、効率的な政府を実現するため電子政府の推進を強調し、また軍事とバイオメディカル以外のR&D予算を抑制する中でIT R&Dは前政権並みを維持するなど、共和党的政策・選挙公約を実現するため政策にメリハリをつける中で、必要なIT関連政策はしっかり盛り込んでいる。様々な見方があるだろうが、私は、ブッシュ政権のITに対する姿勢が後退したというよりは、IT振興の重要性を喧伝する段階は終わってITを何のためにどのように活用するのかが問われる段階に入っていると捉えるべきではないかと思っている。引き続き新政権のIT関連政策に注目していきたい。



 

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