2001年6月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国におけるブロードバンドの動向」

 

3.ブロードバンドを巡る関係業界の動向

 

(1) AOLとタイム・ワーナーの合併

 

 ブロードバンドに関しては、インターネット・サービス・プロバイダや通信事業者のみならず、コンピュータ、通信機、家電などの機器ベンダー業界、コンテンツ業界など様々な関係業界が関心を寄せており、戦略的提携やM&Aを通じた主導権争いが繰り広げられている。こうした中で、ここ1年の最大のトピックスといえば、AOLとタイム・ワーナーの合併であろう。

 

 長谷川氏の1999年9月の駐在員報告に詳述されているAT&Tの積極的なブロードバンド戦略の展開に対抗するように、2000年1月10日、AOLとタイム・ワーナーの合併計画が発表され、その後連邦取引委員会(FTC)と連邦通信委員会(FCC)が精力的に審査を行なってきた。その結果、FTC(連邦取引委員会)が2000年12月14日に条件付きでこれを承認し、続いて2001年1月11日、FCC(連邦通信委員会)も条件付きで承認、世界最大の総合メディア企業AOLタイム・ワーナーが誕生した。

 

 この合併は、総額1,060億ドルというメディア業界史上最高額の合併として注目されただけではなく、「ニュー・メディア(新メディア)」が「オールド・メディア(旧メディア)」を事実上買収したことで「歴史的」扱いをされている。(米国ではインターネット関連のメディアを「ニュー・メディア」と呼び、既存メディアを「オールド・メディア」と呼ぶ。)

 

AOLタイム・ワーナー傘下の主要会社ならびに主要サービス>

 AOL

 ・オンライン・サービス(AOL:インターネット接続サービス)

 ・AOL MovieFone(オンライン映画情報とチケット販売)

 ・AOLTV(双方向テレビ)

 ・CompuServe(インターネット接続サービス)

 ・Digital City(オンライン・コミュニティ)

 ・ICQ(インスタント・メッセージならびにリアルタイム・コミュニケイション・ポータル)

 ・iPlanet E-Commerce Solutions(電子商取引ソフト開発)

 ・Netscape(ウェブ・ブラウザ)

 ・Netcenter(オンライン・ポータル・サイト)

 ・SHOUTcast(インターネット音楽サイト)

 ・Spinner.com(インターネット音楽サイト)

 ・Winamp(インターネット音楽サイト)

 New Line Cinema(映画製作会社)

 Time, Inc.(ニュース週刊誌出版)

 Time Warner Entertainment

 ・HBO(映画専門のケーブルTV局)

 ・Road Runner(ケーブル・モデムによるインターネット接続サービス)

 ・Time Warner Cable(ケーブルTV会社)

 ・Warner Bros.(映画やTV番組の製作)

 Time Warner Trade Publishing(書籍出版)

 Turner Broadcasting System

 ・Atlanta Braves(メジャー・リーグ野球)

 ・Atlanta Hawks(プロバスケットボール)

 ・Atlanta Thrashers(プロホッケー)

 ・CNN(ニュース専門のケーブルTV局)

 ・TBS(ケーブルTV局)

 ・TNT(ケーブルTV局)

 ・Turner Classic Movies(クラシック映画専門のケーブルTV局)

 Warner Music Group

 ・Atlantic Recording (レコード会社)

 ・Elektra Entertainment Group(レコード会社)

 ・London-Sire Records(レコード会社)

 ・Rhino Entertainment(レコード会社)

 ・Warner Bros. Records(レコード会社)

 ・Warner Music International(レコード会社)

 ・WEA(CD製作)

 

 AOLとタイム・ワーナーの合併は、おそらく現在考えられる新旧メディアの合併の相互業務補てんという意味では最高の例と言えるであろう。インターネット接続業務の他、ウェブ・ブラウザのネットスケープ、ポータル・サイト、コミュニティ・サイト、音楽サイトそれぞれの分野で最大手のインターネット・ビジネスのプロ集団AOLと、映画やレコードをはじめ、CNN、TIME誌、CATV事業といった従来型報道・娯楽の大手タイム・ワーナーが同一企業になることで、今後、既存テレビのデジタル化とインターネット接続のブロードバンド化が進む中、インターネット・ビジネス戦略ならびに技術、そしてコンテンツを一手に収める経営陣が誕生したことになる。3,000万人近い顧客基盤を持つAOLは、タイム・ワーナーと合併することにより、ブロードバンド接続の大容量通信が浸透する近未来に、映画や音楽、ニュース、雑誌といったコンテンツに事欠くことはあり得ない。

 

 一方、旧メディアから新旧総合メディアに脱皮したかったタイム・ワーナーは、AOLとの合併によって、膨大なコンテンツのオンライン潜在市場を入手でき、デジタル・コンテンツ資産を有効利用できるようになる。例えば、タイム・ワーナー傘下の映画会社や音楽会社、CATV会社が、映画や楽曲、ニュース、スポーツ放送といったデジタル・コンテンツ商品をAOLの所有するウェブ・サイト上で売り出し、AOLが共同所有者を務めるiPlanet E-Commerce Solutionsが電子商取引技術を提供し、オンライン売買を完結させることも可能となる。映画や楽曲の著作権を持ち、販売場所を持ち、決済技術も持つという自己完結の可能なサービスを提供できる。

 

(2) FTCとFCCによる審査の経緯

 

 さて、このようにブロードバンド関連業界に大きなインパクトを持つAOLとタイム・ワーナーの合併に対しては、FTC及びFCCの審査の過程で、利害関係者からの意見陳述も踏まえ慎重な審査が行なわれた。その概要について整理しておこう。

 

FTCが課した条件

 

 FTCは審議にあたって、2000年10月11日に両社の合併を承認したEU(欧州連合)による独禁法検証審議を参考にしている。EUの独禁法委員会は、タイム・ワーナーに対し、承認条件として、タイム・ワーナーが英レコード会社最大手EMIグループと合併する計画を破棄することと、AOLが独レコード会社最大手ベルテルスマンと仏レコード会社最大手ビベンディとの提携関係を断ち切ることを条件に課している。FTCは、EUによる審査を検証した結果、「オープン・アクセス」を条件にしている。そして以下のような条件を提示し、合意文書に盛り込んでいる。

 

1) AOLがタイム・ワーナー・ケーブルのケーブル網を利用してブロードバンド接続サービスを開始する前に、競合1社に同回線を開放すること。(その競合社にはアースリンクが選ばれている。)

 

 最大争点は、一般消費者に複数の選択肢が与えられるかどうかで、FTCは、タイム・ワーナー・ケーブルがケーブル網をAOLの競合社に開放することで同問題が解決されると判断した。

 

2) AOLによるブロードバンド・サービスが開始されてから90日以内に、小規模市場において、AOLターム・ワーナーと提携関係にない別の競合2社にもケーブル網を開放しなければならない。

 

 FTCはそれがちゃんと実行されることを確認するために、監視評議会(monitor trustee)を指名する計画である。同条件は向こう5年間有効になると規定された。

 

 その背景には、全米世帯の95%以上に敷設される電話回線が、企業の所有物という解釈より「公共施設」という概念を適用されるのと同じように、今や約80%の世帯に敷設される同軸ケーブル通信網もケーブル会社の所有物ではなく、公共施設であるという解釈が支持されたことがある。FTCは承認後、「消費者の勝利である」「これで消費者は複数の高速ISPから好きな業者を選ぶことができる」と声明を発表した。

 

3) AOLタイム・ワーナーは、上記の条件が満たされた後、提携関係にあるISPにケーブル回線網を開放する際、非提携ISPと提携ISPの扱いを同一にし、非提携ISPに対し差別的契約内容を強いてはならない。さらに、AOLタイムワーナーは、DSLよりケーブル・モデム接続の方を優遇するような行為をしてはならない。(ここで言われる差別的行為とは、コンテンツの卸し業務(情報再販)に際し、AOLタイム・ワーナーの競合社に対してコンテンツ配信を拒否するような行為を指している。)

 

4) AOLタイムワーナーは、ロードランナーのサービス地域内と地域外の両方においてDSLサービスを提供しなければならず、さらにその際、両地域で同等価格をつけなければならない。ただし、回線使用料(ベビー・ベルへの接続料)の違いによる価格格差は認められる。

 

FCCが課した条件

 

1) 将来、IM(インスタント・メッセージ)に新たな機能を付加する場合は、IMへの即時アクセスを競合1社に開放し、180日以内には更なる2社にも開放しなければならない。

 

 AOLはIMを開放しない理由として、会員のセキュリティとプライバシー保護を挙げていたが、マイクロソフトを筆頭とするIM競合社は、市場占有率の大きさをてこにした不当競争であるとFCCに対し主張していた。ただし、FCCは、IM市場が将来変化することでAOLの独占懸念が解消されれば、同条件を緩和するという条項を盛り込んでいる。

 

 IMは、電子メール・ソフトウェアを使うことなく、会員同士が簡単なテキスト・メッセージをリアル・タイムで交換できるシステム。メッセージを受け取ると、コンピュータ・スクリーン上にポップアップ形式で小窓が現れる。最近は企業でも重宝され、利用者人口が急速に増加しており、AOLとマイクロソフト、そしてヤフーのIM競争がし烈を極めている。

 

2) AOLタイム・ワーナーは、同社とは非提携の小規模ISPや地域ISPに対し、タイム・ワーナー・ケーブルの持つケーブル網を開放しなければならない。また、ISPに回線を卸す際、競合社のサービスを利用する消費者のアクセス時に最初に現れる画面をコントロールすることは許されない。提携関係のない純粋な競合社に開放した後、提携ISPにケーブル回線を卸す際には、非提携ISPに対するサービス契約内容と同じ契約を提示し、提携ISPを優遇するようなことがあってはならない。

 

 競合社へのケーブル回線即時開放命令に対し、AOLは2000年暮れからアースリンクやジュノ・オンライン・サービシズと交渉し、両社への開放を公約している。アースリンクは近々タイム・ワーナー・ケーブルのケーブル回線網を利用したケーブル・モデム接続を一般消費者に提供し始めるとみられている。

 

 また、FCCは、合併承認審議に際し、タイム・ワーナーの各部門の事業免許をAOLタイム・ワーナーに移行するにあたり、それが一般公衆に対し恩恵をもたらすかどうかを検証するために、学者や消費者団体代表を召還し、2000年7月に異例の公聴会を開いた。

 

 さらに、上記の2つの条件とは別に、FCCは双方向テレビ市場が将来急激に拡大するという予測を踏まえて、別な管轄庁を設置して、同市場を専門に監視する規制考案機関として機能させることを発案している。双方向テレビが一般家庭に浸透すると、VOD(ビデオ・オン・ディマンド)市場が普及することが予測されるため、映画や音楽ビデオ、テレビ番組、ニュースといった膨大なコンテンツを所有するAOLタイム・ワーナーが、他社サービスと互換性のない独自のシステムで、会員だけが享受できる双方向テレビ技術を使って不当競争を強いる可能性を懸念したものである。

 

 2001年1月12日付ワシントン・ポストによると、マイケル・パウエルFCC委員長(共和党)は、「IMが発達すれば、電子メールや電話に代わって、双方向テレビを利用したテレビ電話や映画ファイルの交換が可能となり、市場独占の土壌をつくることにもなりかねない」とが指摘している。

 

 さて、FTCとFCCは上記のように、情報の流通チャンネルを牛耳る会社(AOL)と情報(コンテンツ)を牛耳る会社(タイム・ワーナー)が合併する際の初の実例として同件に対して厳しい慎重姿勢で取り組んだと言うことができる。業界専門家の中には、両社の根幹業務が異種業界になることから、合併申請を拒否することはないだろうという楽観意見もあったが、AOLとタイム・ワーナーの場合、インターネットという「ニュー・メディア」が、出版や娯楽という「オールド・メディア」と融合する方向に向かっていることから、審査が厳しくなった。AOLとタイム・ワーナーの合併の意味として、インターネット・ビジネス専門誌「Business2.0」は2000年10月10日付けで、「連邦政府は、ブロードバンド接続サービス業界において、一般消費者に選択肢を与えるようケーブルTV会社を監視する必要性に初めて迫られた」と書いている。

 

 

(3) AOLとタイム・ワーナーの合併の余波

 

 AOLとタイム・ワーナーが合併したことで、それぞれの業界内戦略は軌道修正されることになった。

 

 ダイヤルアップISPのAOLは、タイム・ワーナーとの合併決定以前からブロードバンド接続市場への進出を迫られており、旧ベル・アトランティック(現ベライゾン)やSBCコミュニケーションズとDSL接続契約を交わしていた。しかしその後、タイム・ワーナーとの合併を決定したこと、また、DSLの競争が激しくなったこと、タイム・ワーナーがロードランナーを運営していること、AT&Tがロードランナーの約4分の1を所有していること、「AOL Plus」(DirecTVとの提携による高速インターネット接続サービス。アップロードには電話回線を使いダウンロードには衛星を利用する。)をすでに立ち上げていること、といった様々な理由から、DSL戦略の方向性を再検討する必要が生じた。結局AOLはごく一部の限られた地域で試験的なDSLサービスを提供するにとどまっており、AOLのDSL進出計画は立ち消えになっている。

 

 一方、タイム・ワーナーは、同軸ケーブル通信網をブロードバンド接続用インフラとしてすでに持ち合わせていたため、ケーブルTV大手のメディアワンをはじめ、マイクロソフトやコンパックの資本参加を受けて「ロードランナー」を立ち上げた。ロード・ランナーはタイム・ワーナー・ケーブルとメディアワンの合弁事業という形態をとっていたが、AT&Tブロードバンドが2000年にメディアワンを買収したため、エキサイト・アット・ホームをすでに買収していたAT&Tブロードバンドが、競合社のケーブル接続サービスを部分的に所有するという格好になっている。

 

 また、タイム・ワーナーはAOLとの合併承認の過程で、ダイヤルアップISPのジュノ・オンライン・サービシズやアースリンクにケーブル通信インフラを開放することを約束した。そうなると、最大の競合相手であるAT&Tブロードバンドとともに所有するロードランナーの競争相手をケーブル回線の卸し先に持つことになる。

 

 こうしたことを背景に、ロードランナーは2001年初めから内部事情が大幅に調整されており、タイム・ワーナー・ケーブルとAT&Tブロードバンドのどちらがロード・ランナー経営権を握るのか揺れていると言われる。

 

←戻る | 続き→


| 駐在員報告INDEXホーム |

コラムに関するご意見・ご感想は Ryohei_Arata@jetro.go.jp までお寄せください。

J.I.F.に掲載のテキスト、グラフィック、写真の無断転用を禁じます。すべての著作権はJ.I.F..に帰属します。
Copyright 1998 J.I.F. All Rights Reserved.