2002年4月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「米国におけるB2B電子商取引の動向」(その2)


今回は、前回に引き続き、米国におけるB2B(企業間)の電子商取引の動向を取り上げる。前回はeマーケットプレイスを中心とする全体的動向について触れたが、今回は、eマーケットプレイスの具体的事例としてエンロンオンラインとコビシントを取り上げるほか、電子商取引関連のソリューション・プロバイダーの具体的事例としてエクソダス・コミュニケーションズとi2テクノロジーズディングを取り上げたうえで、B2B電子商取引の今後の展望について書いてみたい。



5.           B2B電子商取引の具体的事例

(1)          エンロンオンライン(EnronOnline) 〜 エネルギー商品のeマーケットプレイス

<企業プロファイル>

■所在地: テキサス州ヒューストン

URL: http://www.enrononline.com

■設立: 199911

■エンロンオンライン部門最高経営責任者: Greg Piper会長兼務

■エンロン本社暫定最高経営・再編責任者: Stephen F. Cooper会長兼務

■企業形態: 事業閉鎖(エンロンオンラインはエンロン・コーポレーションの一部門で、エンロンは200112月に連邦破産法11条(日本の会社更生法に相当)適用を申請しており、エンロンオンラインのサイトは2月末日を持って閉鎖された。)


<業界背景と沿革>

 米国では1994年頃から電力事業の自由化政策が施行されると同時に、インターネットを介する商取引が急速に普及し始め、それを背景に、電力やガスといったエネルギー商品を自由にオンライン取り引きできるeマーケットプレイスに関心が集まった。その結果、1994年から1999年に創設されたダイネジー(Dynegy)、デューク(Duke)、エンロンオンライン(エンロンのオンライン部門)が業界3大手にのし上がった。

電力卸売り会社であるエンロンは1985年、天然ガスのパイプライン会社であるインターノース(InterNorth)とヒューストン・ナチュラル・ガス(Huston Natural Gas)の合併により設立された。当初はパイプラインの敷設運営を基本として天然ガス・石油を電力会社に供給していたが、電力自由化に乗じて1999年にエネルギー商品を中心に扱うeマーケットプレイス、エンロンオンラインを立ち上げた。同社はエネルギー商品に限らず、通信回線帯域幅を含む1,500種もの商品を扱い、さらに20007月には、天候の変動による企業の損失を補償する金融派生商品「天候デリバティブ」を販売し始めるなど、商品開発を精力的に進めた。

エンロンオンラインは1999年の創設以来20009月までに累積1,500億ドルの取引を記録、エネルギー関連の取引額は1日平均27億ドルにものぼった。同社は2000年売上高が全米7位、2001 6月末の資産総額は約628億ドル、フォーチュン誌の「最も創造的な企業」に5年連続で選ばれるまでに成長した。またエンロンはブッシュ大統領がテキサス州知事時代からの最大のブッシュ後援企業であり、政治的つながりも同社の成長を助けたと指摘されている。

2001122日、エンロンは連邦破産裁判所に連邦破産法第11条に基づく会社更正手続きを申請したと発表。簿外取引による巨額の損失が発覚したのがきっかけで破綻した同社は、20022月現在もその行く末を各方面から注目されている。

金融商品や先物商品を取り引きするeマーケットプレイスは現時点で120以上あるとみられる。また大手3社の2001年度年商合計は2,000億ドル以上にのぼるが、その半分はエンロンの年商である。それほどエンロンの取引高は大きかった。

ただし、エンロン破綻の波紋は会計制度見直しや監査法人の倫理にまで及んでいるものの、米国における先物取引所の電子化にはそれほど悪影響を与えておらず、大手ブローカーや実在取引所もオンライン取引システムの構築を進めている。


<ビジネス・モデル>

親会社エンロンの根幹事業は電力と天然ガスの卸売りであり、2000年度総売上の90%以上を同事業が占めた。また、同社は自社eマーケットプレイスのエンロンオンラインを介し、卸売り取引の約60%をインターネット上で処理し圧倒的な市場占有率を握った。エネルギー生産会社(例えば発電所)から電力を大量に仕入れるエンロンはそれを小売業者に再販し、原価と売価の差額、つまりマージンを収入源としている。エンロンオンラインで取り引きされるエネルギー商品にはエンロンから卸されるものも多く、エンロンにとってエンロンオンラインが主要卸売り経路という図式になっていた。

エンロンオンラインで取り引きするための登録は無料、また、取引ごとの手数料も一切発生しない。利用者は、エンロンオンラインから入手できる1ページの登録用紙に必要事項を記入し、パスワード請求用紙とともに郵便かファックスでエンロンオンラインに申し込みを行う。ID番号とパスワードは通常4日後には利用者に通達される。それによって利用希望者はエンロンオンラインに取引口座を開くことになり、ある一定の元金を事前に準備する口座所有者だけがエンロンオンラインでの取引を認められる。

 同サイトでは電力や原油、天然ガス、石炭などのエネルギー商品だけではなく、紙パルプ、鉄鋼、化成原料、タンカー・貨物船の運賃、光ファイバー・ケーブルの利用権、排出規制がある二酸化硫黄の排出権、世界諸都市の気温変化の先物商品などが取引され、その商品種は1,500に及ぶ。

 エンロンオンラインの特色の一つに、「ワンストップ」の便宜性がある。例えばガソリンといった商品の正確な最新流通価格を知りたい取引業者はこれまで数ヶ所に電話で価格を問い合わせる必要があったが、エンロンオンラインを利用すれば一度のクリックでそういった情報を入手できるようになった。

 また、同サイトでは定期的に商品の競売を行うので、利用者はインターネット上から入札できる。その他にも、利用者は自分のコンピュータ画面上で、1)リアルタイムで価格を知ること、2)世界の主要エネルギー市場での取引機会、3)複数の通貨でのオンライン取引・決済、424時間体制の利用者サポート・システム、といった恩恵を享受できる。


<失敗の原因>

 1990年代末に投資家らがエンロンを高く評価したため、エンロンは資金調達に意欲を見せて、先行投資積極策を実施し、さらに強引な海外市場参入に傾注した。その間、エネルギー価格の不安定さや膨大な先行投資の割に外国市場でその回収率が低かったため、負債が積もり、ついには会計上の操作によって負債を隠匿、その結果、簿外取引による巨額の損失が発覚して信用力が急低下した。同業大手のダイネジーに吸収されることによって再建の道も残されていたが、簿外債務によって同買収計画も白紙に戻され、格付け機関によって格下げされたこともあり、自力での再建計画の選択肢を断たれて、破産法適用に追い込まれた。

 カリフォルニア州では1996年に電力料金値下げを目的にした電力売買自由化が本格化されたが、それがエネルギー商品の投機化を助長したことが、エンロン破綻の土壌をつくったという指摘もある。エンロンは電力取引の長期契約とスポット市場の両方で利益増加に成功したが、2000年後半、エネルギー価格の変動と需給均衡が崩れたことから電力不足が社会問題となった。停電を強いられた州民や電力料金の急激な値上がりから、自由化を推進してきたエンロンに対する不信感が高まった。同州政府はエンロンをはじめとする売電会社に合計90億ドルを返還するよう求めている。

もともとエンロンの収入は卸売り事業によるところが大きいが、同事業におけるエンロンオンラインの貢献度はきわめて高く、オンライン利用度の高まりと共に販売量そのものが増大してきた傾向が見受けられる。エンロンオンラインはエンロンの主要事業であり、確実に利益を生み出せる部門だったため、同社は簿外取引による利益水増し分をエンロンオンラインの運営に使用していたと予測されている。エンロンオンラインは規制を避けるために「ブローカー」という立場をとらず、売り手と買い手の両方の役割を担っていると主張していた。同サイトは先物取引の性格を帯びていたものの、エンロンオンライン上での取引は厳密に言えば、規制が適用される「先物取引」ではなく、「先渡し取引」だった。そのため、エンロンオンラインでは、同社を破綻に追いこんだ要因の一つであると思われる価格操作が容易に行えた可能性が高いとも言われる。

ただし、親会社の破産申告後もエンロンオンラインを高く評価するアナリストは多い。例えば、将来の一定期間の一定時間帯に一定の電力取引、いわばブロック電力を売買するブロック先渡し契約での取引を検討している電力会社があり、売買を行う業者が、電力会社から将来の一定期間に一定の電力を買い取り、電力事業者に再販する行為を可能にする手段として考慮すれば、エンロンオンラインのビジネス・モデルは問題がなかったといえる。

同部門の競争力を評価したスイスの投資銀行UBS2002114日、エンロンオンラインの買収を発表している。


<課題と今後の展望>

 2001年末と比較すれば頻度こそ少なくなったものの、20023月現在もエンロン破綻の顛末と今後に関する情報が米国の主要紙に取り上げられない日はほとんどない。同社は破産法適用の申告を行った日と同日に、エンロン買収を予定していたダイネジーが買収交渉を違法に打ち切ったと主張、100億ドルの損害賠償を求める訴訟を起こした。ダイネジーが買収話を撤回したのは、投資家とトレーダーがエンロンに対して信用を持てなくなった理由と同じである。司法省による刑事責任追及、ホワイトハウスの予算調査機関である会計検査院(GAO)による捜査、ブッシュ政権との政治的癒着問題の露見といったエンロンを襲う逆風は今後も強さを増すと思われる。

 一方、UBSはエネルギー商品取引と営業に関係した従業員800人の維持とエンロンオンラインの再運営を示唆する買収発表を行った。エンロンはUBSから得る資金で新しい経営者のもと、北米を中心とした電力卸売りに力を入れ、規模を縮小して以前と同形式の取引を継続させる計画である。



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