2003年8月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

米国におけるIPv6を巡る動向

4. DODのGlobal Information Grid(GIG)へのIPv6採用

  DODは2003年6月13日、同省が全世界に展開する軍事用情報ネットワークGlobal Information Gridを2008年までにIPv6に移行させると発表した。また、「North American Global IPv6 Summit 2003」では、DODのアーキテクチャ・相互運用性担当DirectorであるJohn Osterholz氏が同省のIPv6戦略の概要についてプレゼンを行うとともに、国防情報システム庁(DISA)のDixon大尉がDODのIPv6への取組みについて詳細な説明を行った。

  Global Information Grid(GIG)とは、2002年9月19日付けDOD指令「Global Information Grid (GIG) Overarching Policy」における定義によると、「戦士、司令部及び支援部隊が必要とする情報を収集・処理・蓄積・配布・管理するための、全世界にわたり相互接続されエンド・トゥー・エンドで情報をやりとりできるシステム、関連手続き及び人材」であり、「情報の優位性を達成するために必要な、所有又はリースされるすべての通信・情報処理システム/サービス、アプリケーションを含むソフトウェア、データ、セキュリティ・サービスその他関連サービスが含まれる」。

  このGIGのIPv6への移行に関して、DODは2003年6月9日付けで「「Internet Protocol Version 6 (IPv6)」と題するメモランダムを発出している。このメモランダムは、IPv6 Styleのウェブサイト(www.ipv6style.jp)でも既に和訳されているので、以下にそのポイントだけ記しておく。

  •  2003年10月1日以降、開発・調達・取得されるすべてのGIG資産は(IPv4への対応に加え)IPv6に対応していなければならない。
  •  GIGの各セグメントは2005年度から2007年度にかけて順次IPv6への移行を完了する。具体的なセグメントや移行期日は移行計画の中で示される。
  •  DODのCIOは移行計画の中で、短期的なIPv6の先行導入、デモンストレーション、テストベッドの詳細を明らかにする。
  •  現時点ではDOD内の実運用ネットワークでのIPv6導入は許されていない。これについては、IPv6移行計画の中で再考される。
  •  国防情報システム庁(DISA)は2003年9月30日までに、DODの今後5年間の要求を満たす十分なIPv6アドレス空間を取得するとともに、将来のすべての要求を満たすアドレスの取得を開始する。
  •  DISAは、相互運用性とセキュリティのため、DOD全体におけるIPアドレスの配分、登録、管理を行う。DISAは2003年12月30日までに、IPv6のアドレス空間と名前付けに関するルールを確立する。
  •  DOD職員はDISAからのみIPアドレス空間を取得する。
  •  DODのCIOは、1か月以内にIPv6移行計画の原案を作成し、3か月以内に移行計画を完成させる。

  つまり、DODが陸・海・空3軍を含め全世界に展開しているすべての軍事用情報ネットワークを、5年後には全面的にIPv6に切り替えてしまおうということである。
  これだけでもかなり思い切った構想であるように思われるが、実はこの背景には、米国がその軍事作戦のあり方自体を大きく変えようとしているという大構想があるようだ。つまり、一連のテロ事件で明らかになった、対処すべき脅威や敵からの攻撃形態の変化・多様化を踏まえ、ITの急速な進歩も取り入れながら、「戦い方」を上からの命令が無ければ何もしないといった(良く言えば「規律のある」)受動的なものから自律的・機動的なものへと変えて行こうということである。DODは2003年4月、このためのガイダンス「Transformation Planning Guidance」を発表したが、この中で、「ネットワーク中心型の(network-centric)」軍事作戦への転換をうたっている。そして、そのために不可欠なのが、今回発表されたGIGのIPv6への全面的移行だというわけである。

 今年6月の本駐在員報告でもご紹介したように、2004年度のDOD及び3軍を合わせたIT調達予算要求額は、連邦政府全体の半分近く、279億ドルに上っている。このうちGIG関連予算がいくらなのかについては確認できなかったが、今回のDODの決定がIPv6関連ベンダーに小さからぬ影響を与えるであろうことは容易に想像できる。

 今回のIPv6サミットにおけるDODのOsterholz氏のプレゼンで興味深かったのは、DODは「IP技術の早期採択者としての歴史的役割を再び担う」とするなど、IPv6の普及のために同省が産業界に対して大きな影響力を持っていることを十分に認識したものだった点である。同氏はまたそのプレゼンの中で、少なくともIPv4製品と同レベルの性能と信頼性を持ったIPv6製品を提供するよう産業界に要請するとともに、自社製品を相互運用性やセキュリティに問題を生じるやり方で差別化するのではなく、あくまで性能で差別化するよう釘を刺すことも忘れなかった。

 なお、今回のIPv6サミットにおけるDISAのDixon大尉のプレゼンによると、DODによるIPv6採用の理由として、将来の戦闘システムはネットワークの遍在(ubiquity)(IP中心型)、移動性と臨機応変のネットワーク化(動的アドレス付与)、セキュリティ(組込型IPsec)を必要とするがIPv4ではこれを満たすことができないことを挙げており、単にIPv4アドレスが不足するからIPv6に移行するというわけではないので、念のため。

おわりに

 米国がIPv6に熱心でないのは、IPv4アドレスを十分確保しているからだというのが、半ば定説のようになっている。しかし、本稿でも触れたように、IPv6はアドレス不足を解消するためだけのものではなく、NATの蔓延によって限界の見えてきたインターネットを改革し新しい可能性を切り拓こうとするものである。今回のIPv6サミットでは、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校(UCSD)のLarry Smarr氏が「インターネットの元となったNSFNetだって、ユビキタスが必要だから始めたわけでも巨大な資金投入に対するコンセンサスがあったから始めたわけでもなく、大学教授たちが相互に接続したところから発展したんだ。IPv6だって科学技術が牽引するんだ。」と鼻息を荒げていたが、米国のインターネット専門家たちは、非常に熱心にIPv6に取り組んでいる。
 しかし、このSmarr氏の言葉は、裏を返せばIPv6はまだ黎明期にあって発展・成熟期には入っていないという認識であることを意味している。米国では、IPv6のようなネットワーク・インフラに対してであっても政府(特に現ブッシュ政権のような)が旗振りをするという意識は希薄であるし、ITバブル崩壊でブロードバンド化も思ったように進まず、携帯電話は普及してきたものの音声中心で3Gの目処も立たない状況では、IPv6の牽引役となる具体的なアプリケーションも見えてこない。IPv6が米国で盛り上がりに欠けると言われる背景には、こうした閉塞的な状況があると思われる。そこで、米国のIPv6関係者は口々に、「IPv6の普及にはアプリケーションが必要」、「IPv6のインフラとアプリケーションは鶏と卵の関係」などと慰めあっているように見える。

 ここで注目されるのが、このたびのDODのGIGへのIPv6採用決定である。
 DODのこの決定のインパクトは、IPv6という名前を一般に広めるという点でも現れてきているようだ。6月13日に行われたDODの記者会見の議事録を見ると、記者が「4から6に移行するというが、5はどうなったのか。」などと頓珍漢な質問をしている(質問されたDODのCIOも「知らない。私に聞かないで。」などと答えている)ほどであり、如何に米国でIPv6が一般に知られていないかが窺える。事実、このDODの発表に関しては、電子政府の動向を網羅しているGovernment Computer News誌でさえごく簡単な記事しか掲載せず、一般紙にはまったく取り上げられなかったようだ。しかし、その後記者も少しずつ勉強したと見えて、専門誌であるPC Magazine誌には6月30日付けでIPv6の解説記事が掲載され(アドレスが「35兆以上に増える」との不可解な記述もあるが)、ついに一般紙ニューヨークタイムズ紙にも7月17日付けでインターネットの新しい動向としてIPv6の解説記事が掲載されるに至った。

 DODのIPv6採用は、調達額の大きさという点でのインパクトは大きいものの、特殊用途のアプリケーションであり、商用への転用がいつ頃どの程度進むかは未知数であるとの指摘もある。ただし、これまでIPv4用製品の手直し程度で対応していたベンダーが、DOD向けに本格的IPv6仕様の(IPv6用に仕様最適化が図られた)製品を開発するようになれば、やはり民生市場向けにもより安価で高性能なIPv6製品が投入できるようになるであろう。こうして、米国でもVoIPやIPマルチキャストなどの企業向けアプリケーションからIPv6市場が少しずつ開けていくというのが、考えられるシナリオであろうか。
 そして、本当にこのシナリオが実現するとすれば、やはりDODの調達というのは、研究開発と実用化の間に横たわるいわゆる「バレー・オブ・デス(死の谷)」を埋める、米国の「伝家の宝刀」であるということになる。



(参考文献)
「The National Strategy To Secure Cyberspace」(February 2003) DOD「Global Information Grid (GIG) Overarching Policy」(9/19/2002) DOD「Internet Protocol Version 6 (IPv6)」(6/9/2003) DOD「Transformation Planning Guidance」(April 2003)

(参照URL)
http://www.usipv6.com/ppt/IPv6-Standards-Status-June2003.pdf(図表1、2関連)

http://www.usipv6.com/ppt/IPv6inNorthAmerica.ppt(図表3、4関連)



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