2003年9月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

米国におけるユーティリティ・コンピューティングの動向


はじめに

今月は、米国におけるユーティリティ・コンピューティングの動向について取り上げる。
IBMが2002年2月にAmerican Expressとの間で7年間「基本料金40億ドル+使用量に応じ追加課金」というITアウトソーシング契約を締結して以来、使った分だけ支払うという「ユーティリティ・コンピューティング」が新しいビジネスモデルとして注目されてきており、最近のBusinessWeek 8月25日号でも注目すべき4つの技術潮流の一つとして取り上げられている。「ITのユーティリティ化」という、いかにもコンサルティング・ファームが飛びつきそうな言葉が先行しているきらいもあるが、実際にはどうなっているのであろうか。一度整理しておこうということである。
また、こうしたITのユーティリティ化の流れを反映して、2003年5月にHarvard Business Reviewに「IT Doesn't Matter(ITは問題ではない)」というIT業界にとって刺激的な論文が掲載され、大きな波紋を呼んでいる。これについても簡単に御紹介することとする。
なお、本稿の執筆にあたっては、Gaean International Strategiesの原口健一氏に資料収集・整理などの面でお世話になったほか、Original Project Inc.の森本健氏やCSKの鈴木奏氏などからも貴重な御示唆をいただいた。


1. ユーティリティ・コンピューティングとは

(1) 定義

「ユーティリティ・コンピューティング」とは、一般的には、サービス提供業者が顧客企業の必要としているコンピュータ処理能力を需要に応じて提供するサービス形態を指す。コンピュータ処理に使われる各種機器および周辺サービスの使用量や使用時間に応じて料金が決定されるため、コンピュータ処理能力の「ユーティリティ(電気・ガス・水道等)化」ととらえられている。
ただし、サービス内容や課金方法など「ユーティリティ・コンピューティング」が具体的に意味するところについては、主要サービス提供業者の間でも統一されているわけではなく、概念先行という感は否めない。ちなみに、IBMはむしろ「オンディマンド」という言い方を好んでいるようであるが、ユーティリティ・コンピューティングとオンディマンド・コンピューティングのどこがどう違うのか(同じなのか)もよくわからない。
本稿ではユーティリティ・コンピューティングを、オンディマンド・コンピューティングとほぼ同義語であるが、コンピュータ処理能力の使用量に関する顧客の自由度・柔軟性やきめ細かな従量制課金方式などの側面を強調した用語として用いることとさせていただく。

(2) オンディマンドITサービスの経緯

「ユーティリティ・コンピューティング」と言うと新しいサービスのように聞こえるが、オンディマンドによる様々なITサービスの発想は、既に1990年代から存在していた。これらは大別すると、そのサービス内容によって、@ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)、Aホスティング事業者、BSSP(ストレージ・サービス・プロバイダ)、C高性能コンピュータの処理性能の外販、に分けることができる。

@ ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)
1990年代後半当初、IT業界はコンピュータの性能を外部から提供できるほどの水準に達していなかったため、ソフトウェアの提供から始まった。そこで台頭したのが、高額のビジネス・アプリケーションをサーバー上で走らせ、顧客にそのアプリケーション・サーバーにアクセスして利用してもらうというASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)だった。
 一時的なブーム時に比べると、現在はASP業界は低迷気味にも映るものの、企業向けASP(ERM:統合業務管理、CRM:顧客管理、eコマース・アプリケーションを含む)は、コスト・パフォーマンスを重視する企業が増える中、今後も堅調に成長すると見られている。

A ホスティング事業者
1990年代後半に登場したExodus Communicationsに代表されるホスティング事業者も、広義ではオンディマンド・サービスに含まれる。ホスティング事業者は、IDC(Internet Data Center)と呼ばれるホスティング専門の私設データ・センターを運営し、ハードウェアやウェブ・アプリケーションの保守管理を顧客の需要(ハードディスクや通信帯域幅)に応じて提供してきた。

B SSP(ストレージ・サービス・プロバイダ)
こうした中で、IDC自体がストレージの保守管理をSSP(ストレージ・サービス・プロバイダ)に委託するという複合型のビジネス形態が登場した。SSPがハードウェアの提供を担当し、使用量によってIDCに課金するという図式である。そしてさらに、IDCが自社の基幹施設使用の度合いによってさらに顧客から課金するという仕組みができあがった。
しかし、SSPとIDC市場は、2001年に業界最大手Exodusが破綻したことを境に一気に冷え込んだ。調査会社Evaluate Groupによると、2001年に56社存在した新興SSPのうち、2002年7月時点で生き残っていたのはわずか10社であり、結果的にはIBMやHPのようにハードウェア一式を提供できる事業者が通信事業者大手と提携して市場を占有する図式ができあがっている。

C 高性能コンピュータの処理能力の外販
コンピュータの処理性能は年々進化する一方、その機材のアップグレードと保守管理に莫大なコストを要するようになった。そこでコンピュータ・メーカーは、新規事業として、自社で保有する高性能コンピュータ、特にスーパーコンピュータの演算処理能力を切り売りするようになった。企業によっては、1990年代中盤からメインフレームの処理能力をGBおよびMIPSを基準に外販している。

ユーティリティ・コンピューティングとは、こうした様々なオンディマンドITサービスの延長線上にある概念であると言うことができよう。
コンピュータ技術の進化と経済低迷によるIT支出の削減は、多くの企業にアウトソーシングという形態を選択させる原動力となっている。そして、アウトソーシングの形態も、これまでのように初期コストをかけて業者に依頼する方式から、むしろ企業が初期コストをすぐにROI(投資収益率)向上に結び付けることができるオンディマンド方式へと移行していくと考えられている。こうした中で、その究極の姿としてのユーティリティ・コンピューティングに対する期待が高まっているというわけである。

なお、本格的な(使用量の増減の自由度・柔軟性が大きく洗練された従量制課金方式を採った)ユーティリティ・コンピューティングの実現のためには、その技術的基盤として、ネットワーク上の複数のコンピュータを仮想的に1台の大型コンピュータとして運用する「グリッド・コンピューティング」や、XML等の標準に基づきネットワーク上に分散したアプリケーション・ソフトウェアを連携させる「ウェブ・サービス」といった技術の一層の進展が不可欠であると言われる。こうした技術的観点からすると、電気・ガス・水道と同様の感覚での真のユーティリティ・コンピューティングが実現するには、少なくともあと10年はかかるであろうというのが、一般的な見方である。


2. ユーティリティ・コンピューティングのビジネスモデル

(1) サービス・モデル

企業のコンピュータ・システムは、通常、フロントエンド・サーバー層(端末利用者が実際に利用するドキュメントの配信等)、アプリケーション・サーバー層(ビジネス・ロジックの実行・分析及びシミュレーションの実行)、データベース・サーバー層(データを保守管理しアプリケーション・サーバー層に提供)、ストレージ層(データの保存)の4つの部分(層)に分類できる。
ユーティリティ・コンピューティングは、導入側企業がこれらのうち何を必要としているかに応じて、機器やソフトウェア、アプリケーション、ストレージ・システム、そして通信網のスペックを決定し、必要と判断された機器を顧客先に設置する。例えば、最も典型的なサービスの場合、演算処理能力やデータ保存および管理がオンディマンドで提供され、顧客先には、サービス提供側のスパコンやメインフレーム、ストレージ・システムに接続するための汎用コンピュータと通信機器、それらを操作するためのアプリケーションおよびソフトウェアが最初に納品される。

一般的に、ユーティリティ・コンピューティングのインフラ関連サービスは、下記のネットワーキング、演算処理能力、ストレージの3つに大別して考えることができる。それぞれに特化したサービスを提供している事業者もあるが、IBM、HP、EDS、Sun等の大手事業者が必要に応じてM&Aを行いながら、これらの全部または一部を組み合わせてサービスを提供している。

@ ネットワーキング
通信帯域や高度なネットワーク管理システムを提供する。代表的企業はInkra Networks(www.inkra.com)。

A 演算処理能力
プロセッサの演算処理能力や保守管理を提供する。代表的企業はEjasent(www.ejasent.com)、Terraspring(2002年11月にSunが買収)、ThinkDynamics(2003年5月にIBMが買収)、Jareva Technologies(2002年12月にVeritas Softwareが買収)、Moonlight Systems(www.moonlight.com)。

B ストレージ
ストレージ容量や保守管理サービスを提供する。代表的企業はStrageNetworks(2003年7月末をもって会社清算中)。ストレージ分野はすでに、多くの企業が撤退あるいは方針転換を余儀無くされている。業界内ではストレージを従量制で提供するビジネスモデルは失敗したとの見方が定着。原因としては、ストレージ機器の値段が大幅に下落したことと、自社データを第三者へ預けることに対する不信感が考えられる。

(2) 課金モデル

最も典型的なユーティリティ・コンピューティング事業の課金モデルは、契約時に決定された必要な機器の設置に対する月極基本料金と、使用される演算処理能力やストレージ容量、通信網の帯域幅の量に応じて変動するサービス価格の2つに大別される。さらに、後者のサービス価格の算定根拠は、予測使用量、容量のオンディマンド、実際の使用量、という3種類に大別できる。

@ 予測使用量

顧客企業が自社のITメトリクス(取扱量、利用者数、CPU個数、ストレージ容量)や事業計画(売り上げや利益)に応じて必要となるであろう処理能力や各種容量を予測し、その予測値をもとに料金と支払い方法を決定する。これによって、想定収益に沿った支払い方法やコストを顧客側が組み立てることが可能となる。
この場合、実際の使用量が予測使用量と異なっても、支払額はあくまで当初の予測値に基づいて決まる。また、データ取扱量が突発的に増加する場合でもシステムをアップグレードする必要がない。ただし、サービス内容はあくまでも顧客側の申請に応じて提供されるため、サービスが対応しきれない状態になったとしても、予測値通りのサービス内容が提供されている限り、責任は顧客側にある。
予測使用量制の実例としては、HPの「Utility Data Center(UDC)」がある。同社はUDCに予測使用量モデルを採用して、高位UNIXサーバーおよびストレージ・サービスをCPUとストレージ容量に応じて提供している。

A 容量のオンディマンドによる支払い

この方法では、ITメトリクスの増加に応じて新たなコンピュータ資源(CPUやメモリー)を追加していく。支払い額以上の性能を速やかに確保でき、短期における急激な取扱データ量の増減に対して柔軟に対応できる。契約期間中に使用状況の査定を行い、随時調整が可能である。取扱データ量の減少に対しては、すぐさま対応することで過剰インフラ・コストを抑えることができるが、逆に、取扱データ量の急増に対してはそれが起きてからの対応となる。
この方法では、サービス提供側が顧客企業と責任を共有することになる。HPの「Instant Capacity on Demand(iCOD)」がそれにあたる。HPは、同サービスを「プリペイド方式」で販売する独自方法を採用している。同サービスでは、顧客がHPから使わせてもらっているスパコンのCPUを常時自由に作動させたり停止させたりすることが可能である。HPの同サービスは30日間の使用料金が3,400ドルで、月の中旬までに電子鍵(HPが顧客にあらかじめ送信してある)で停止すると、顧客が電子鍵で再度作動させるまでHPはそのCPU機能とシステムをスケール・ダウンし、料金も減額される。ユーティリティ・コンピューティングでスケール・ダウンに対応するサービスはHPとUnisysしか提供していない。

B 実際の使用量への課金

この方式では、顧客企業が使用したコンピュータ資源の量に基づいて特定期間(たとえば月極)ごとに課金していく。通常、顧客企業は、固定および最低限の料金を支払い、それとは別に、様々な付加サービスを使用量に応じて支払うことになる。しかし、この方法でユーティリティ・コンピューティング・サービスを提供する企業は少ない。顧客企業の事業リスクが、サービス提供側の売り上げに直接影響を与えるためである。
また、この方式では顧客企業が実際に使った量を明確に割り出さなければならないが、それには非常に洗練された測定システムが必要となる。さらに、サービス提供側は、いったい何台のCPUの性能をどの顧客がどこまで利用しているかをリアルタイムで測定しなければならないが、それには手間暇がかかりすぎるという問題もある。


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