98年3月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国産業におけるIT活用の動向(前半) -1-


はじめに

最近の、米国の産業競争力の復活には目を見はるものがある。専門家は、この現象の根底に、製造主体の近代経済から知識や情報技術(IT)を基軸とするいわゆる「ニュー・エコノミー」への転換が作用しているとの説を唱えている。このニュー・エコノミーが実在するか否かを巡っては、未だに経済学者の間で意見が分かれており、結論は出されていないものの、最近の諸研究や実例は、企業の業績や全体的な生産性の向上にITが果たす役割について、多くの示唆を与えている。しかしながら本報告ではこれらの学説を取り上げることはせず、実例を挙げることで米国の産業競争力を支えるIT活用について概観してみることとする。 なお本報告は主として米国の調査会社WASHINGTON CORE社に作成を依頼した「米国経済の中の情報技術」という報告書を基に作成するものである。


1.ITと米国産業の競争力

90年頃の不況を最後に景気が上向きに転じた米国経済であるが、下のグラフからも視覚的に明らかなように、94年後半からのIT投資は他を圧倒する勢いで伸びている。92年ドルによる実質ベースで見ても、94〜97年までの建設を除く設備投資額が4,840億ドルから6,574億ドルへと年平均10.7%で伸びているところ、その内数であるコンピュータ及び周辺機器の投資額は693億ドルから2,247億ドルへと年平均伸び率48.0%にもなっている。従って、その設備投資額に占めるシェアも、94年には14.3%であったところ、97年には34.1%にもなっているのである。

ニューエコノミー論(生産性上昇率の高まりに伴い潜在成長率も上方にシフトし、その結果としてインフレが顕在化しないため、景気の過熱から後退へと言う景気循環が平準化する)の真偽はさておき、このようなIT投資が現在の米国の好景気を支えている重要な要素であることに疑いはない。

ただ、IT投資は生産性、すなわち単位労働当たりの生産高の増加として必ずしも明確に統計上現れてこないため、その効果をいわゆる生産性パラドックスとして疑問視する向きもあった。しかし、90年前後からの企業エンジニアリングの動きが広く定着し、IT投資が量だけでなく質的な高まりを見せたことから、生産性を計量的に把握することは難しいとしても、以下のような投資効果がはっきりと認識されるようになってきている。

第1が「範囲の経済によるシェア拡大」であり、IT活用によるフレキシブル・マニュファクチャリングやマス・カスタマイゼーションにより、顧客のニーズに最適なサービスを提供することが一般化している。

第2が「損失の防止とリスク回避」であり、例えばクレジットカード会社は高度なAIシステムにより個人の利用パターンを解析し、盗難などによる不正利用の早期発見に役立てており、保険業界でもITを駆使したデータ分析によって契約のリスクがコントロールされるなど、生産性そのものではないが、企業を莫大な損失から守るという意味で重要な役割を果たしている。

第3が「将来に向けた戦略オプションの拡大」であり、例えば銀行のATM網への投資は単に現金を引き出す利用者の便宜を図るためのものではなく、今では株式売買や投資管理と言った新しいサービスの開拓へとつながる投資と位置付けられている。

第4が「社内業務の安定化」であり、業務ニーズの周期的変化を予測し、適切に対応する上でもITが役立っており、例えばボーイングは変動の激しい受注に対応するため、生産ラインの流れをコントロールする情報システムに投資を行っている。

第5が「顧客サービスの充実」であり、例えばウォルマートのEDIシステムは商品の売れ行きに応じた納品が可能なようになっているし、フェデックスの小荷物トラッキング・システムは顧客自らが貨物の行方を追うことが出きるようになっている。

IT投資の効果はこれらに留まらないだろうが、これらが全体として企業の競争力を高めることにつながっているのである。

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