99年4月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国情報技術研究開発政策の動向
(IT2の発表)-2-


2.IT2計画

上述のようなPITAC報告の「長期的基礎的研究の増大」との勧告を受けて、クリントン政権として新たに打出した情報技術関連研究開発の新政策が「21世紀の情報技術(Information Technulogy for the Twenty-first Century ; IT2)」イニシアティブである。99年1月24日にゴア副大統領が米国科学振興協会の年次会合におけるスピーチで発表した際に、公開された約30ページに及ぶワーキング・ドラフトは、その前半がIT2計画の総論部分、後半が2000年度計画に参加する6連邦政府機関のそれぞれの集中研究分野についてのアペンディクスとなっている。総論部分の概要は以下の通り。



「21世紀の情報技術:米国の未来への大胆な投資」
ワーキング・ドラフト(骨子)99年1月24日

  • 2000年度予算の一部として、クリントン大統領とゴア副大統領は、新たなイニシアティブであるIT2に3億6,600万ドルの新規予算要求を行う。この追加により、IT分野の研究開発予算は99年度比28%増となる。IT2計画は以下の3つの活動を支援する。

    1) 長期的情報技術研究: 1960年代における政府投資によって今日のインターネットが生み出されたように、コンピューティングと通信の基本的なブレークスルーにつながるような長期的な情報技術研究に投資する。

    2) 科学、工学、国家のための高度コンピューティング: 科学、工学、ひいては米国一般利益の更なる進歩のための高度コンピューティング環境に投資する。その構築に必要な、ソフトウェア、ネットワーク、スーパーコンピュータや研究チームも含む。この高度コンピューティング環境は新薬の開発期間の短縮、よりクリーンで効率的な自動車エンジンの設計、ハリケーンや竜巻、長期的気象変動のより正確な予測、科学的発見の加速などのアプリケーションを支援する。

    3) 情報技術革命の経済的・社会的インプリケーションについての研究: 情報技術革命が経済的、社会的にどのようなインプリケーションを与えているかについて研究するとともに、大学において次世代の情報技術従事者を育成するための努力を支援する。


  • IT2が持ち得る利益は以下のように幅広い

    1) 政府に支援された過去の研究の成果(インターネット、初のグラフィカル・ウェブ・ブラウザー、高度のマイクロ・プロセッサー等)が、米国の情報技術産業のリーダーシップを強化することに役立ってきた。米国の情報技術産業は、現在、米経済成長の1/3を支え、民間平均年収を60%上回る報酬を得ている740万人の雇用を維持している。しかも、米経済の各部門はIT技術の活用により、国際市場競争に勝ち得ており、B to BのEコマースも米国だけで2003年迄に1.3兆ドルに拡大すると予測される。

    2) 情報技術は、我々の生活、働き方、学び方やコミュニケーション方法までをも変えつつある。情報技術の進歩により、子供の教育、障害者の生活、地方の医療水準等の改善が可能になり、また米国が情報技術のリーダシップを取ることは国家安全保障を維持するためにも不可欠である。

    3) 情報技術は、今日の科学技術の「黄金時代」と相互に関連し、支え合ってきた。スーパーコンピュータ、シミュレーション、ネットワークの進歩は、コンピューティングが理論や実験と並ぶ科学的発見のツールとなって、自然界を見る新たな窓を創造している。同時に、気象変動のインパクトの予測、より効率的でクリーンなエネルギー・システムの設計、基礎的な自然現象への新しい視点の確保などの科学的難問の追求が、情報技術の最前線を広げることにもつながっている。


  • IT2計画は、HPCC、NGI、ASCIを含む従来の計画の上に構築される。そして、それは国家にとって重要な情報技術の長期的研究への連邦政府の投資が過少であるとの結論に立ったPITACの提言に応えるものである。産業界や学界のリーダーで構成されているPITACは、民間部門では情報革命を持続するのに必要となる長期的基礎的情報技術研究への投資が十分には行われないだろうと考えている。IT2はまた、情報技術が科学・工学における発見のペースを加速することのできるポテンシャルを有しているという研究界の信念を反映している。

  • IT2に関与する連邦政府機関は、NSF、DOD/DARPA、DOE、NASA、NIH、NOAAであり、予算の約60%は大学ベースの研究に振り向けられ、また大学ベースの研究支援により、活発な需要のある情報技術専門家の育成にもつながるのである。

  • IT2の成果として期待されるブレークスルーの例としては以下のようなものが挙げられる。

    1) 人間の言葉を話し、聞き、理解し、遥かに使い勝手が良くなり、リアルタイムで正確な翻訳も行うコンピュータ。

    2) 我々に代わって、広大なデータの海の中から必要な情報を探索し、要約してくれる「インテリジェント・エージェント」。

    3) 国内中の研究者がアクセス可能なスーパーコンピュータでのシミュレーションによってもたらされる幅広い科学技術の発見。

    4) 数千万台ではなく、数兆台ものコンピュータをつなげるように拡張可能なネットワーク。

    5) 通信システム、発電網、金融市場などの国家基盤国内経済基盤の主要要素に利用できる、より信頼性が高く維持の容易なソフトウェアの新たな作成法。

    6) バイオ・コンピュータや量子コンピュータなどのように根本的に異なる技術をベースとする、現行のスーパーコンピュータより数千倍も高速なコンピュータ。


  • IT2の2000年度の3億6,600万ドルの予算は、以下の3つの分野の連邦研究開発投資の増額に当てられる。連邦機関毎の予算配分は下表の通りである。

    1) 基礎的な情報技術研究: ソフトウェア、人間とコンピュータのインタラクション、情報管理、スケーラブルな情報基盤、ハイエンド・コンピューティング

    2) 科学・工学・国家のための高度コンピューティング: スーパーコンピュータ、ソフトウェア、ネットワーク、研究チーム

    3) 情報革命の倫理的、社会的、経済的インプリケーションの研究と米国の情報技術従事者の教育と訓練の支援


省庁 基礎的情報技術研究 科学、工学及び国家利益のための高度コンピューティング 倫理的、法的及び社会的影響研究及びワークフォース計画 合計
DOD $100M ‐‐‐ ‐‐‐ $100M
DOE $6M $62M 2M$ $70M
NASA $18M $19M $1M $38M
NIH $2M $2M $2M $6M
NOAA $2M $4M ‐‐‐ $6M
NSF $100M $36M $10M $146M
合計 $228M $123M $15M $366M


  • IT2計画の管理は、参加6機関の長または担当次官等からなるシニアグループと、各機関の担当者からなるワーキンググループによって行われる。シニアグループは国家科学技術評議会(NSTC)の傘下に入り、OSTPに報告義務を負う。事務局はワーキンググループの座長も務めるNSFのコンピュータ情報科学工学局(CISE)が、NCOの援助も受けつつ務める。その他に、NSFとDOEが共同座長を務めるサブグループが高度インフラストラクチャーの構築と運用に責任を持つ。

  • このワーキング・ドラフトの次のステップとして、今後数ヶ月内に、政府は議会との協働の下に、IT2計画の管理体制のリファイン、IT2計画を補う既存の計画の再焦点化と強化、産業界と学界からの助言の受入れ、詳細な技術上、計画上のロードマップの作成等を行う。



なお、一つこのIT2計画成立の過程で議論されていたDOEのSSI(Strategic Simulation Infrastructure)と呼ばれる新規計画について注意しておく必要がある。DOEはASCIを通じて莫大なコンピューティング能力を得つつあり、核実験シミュレーション以外のこれらの有意義な活用について検討を求められていたことは12月報告でも触れたところである。その回答として98年の夏頃から検討が進んでいたのが、分子の構造や相互作用の解明とか自動車エンジンの設計などに役立つという例を前面に掲げたSSI計画である。産業界にとってすぐにも役立つ計画として、その支援を受けつつあったものである。このSSIを立てるか、あるいはPITACの提言に基づいた長期的基礎的研究振興の計画を立てるか、関係者間で相当の議論が行われたようである。しかし、コンピュータ・シミュレーションは既にHECCやASCIで行われていること、ミッション性の高いDOEがSSIを主導するのは適当ではないのではないかとの意見、PITACの提言はより広い範囲をカバーしておりSSIも包含し得ることなどが最終的に勘案され、IT2を政権としての新規計画として出してきたのである。このような経緯から、DOEのIT2目標の一つとしてSSI(Scientific simulation Initiativeと名称を変えているが)が残されており、また管理体制のところで出てきた高度インフラストラクチャーの担当サブグループというのはこのSSI計画の名残ということである。

 さて、このIT2に関しては、3月16日に下院科学委員会基礎研究小委員会(委員長;ニック・スミス議員、共和党・ミシガン)が、公聴会を開催している。証言者は以下の6人である。

  • The Honorable Neal Lane, Assistant to the President for Science and Technulogy, Director, Office of Science and Technulogy Pulicy, Washington, DC

  • Dr. Ken Kennedy, Co-Chair, President's Information Technulogy Advisory Committee, Director, Center for Research on Parallel Computation, and Ann and John Doerr Professor of Computer Science at Rice University, Houston, Texas

  • Dr. Erich Bloch, President, Washington Advisory Group, Distinguished Fellow, Council on Competitiveness, Washington, D.C.

  • Mr. Stephen Wulff, Executive Director, Advanced Internet Initiatives Division, Cisco Systems, Washington, D.C.

  • Dr. Fredrick Hausheer, Chairman and CEO, BioNumerick Pharmaceuticals, Adjunct Associate Professor of Onculogy, Johns Hopkins Onculogy Center, San Antonio, Texas

  • Dr. Hal R. Varian, Dean, Schoul of Information Management, University of California, Berkeley, Berkeley, California

スミス議長は、この公聴会の目的について、IT2の内容を吟味することであり、特に既存のHPCC/NGI及びASCIとの関係はどうか、重複はなく新たなプログラムと言えるのか、PITACの提言である長期的基礎的研究と言う内容に沿っているのか等を聴きたいとしている。また、FY99のHPCC(含むASCI)予算は1,314百万ドル、FY2000のHPCC+IT2の予算要求額は1,462+366の1,828百万ドルで514百万ドルの上乗せ要求となっているが、これはPITACの提言している2004年までに14億ドルの増額というものの1年目(因みに472百万ドル)の増額に当たるということなのかと、細かいことまで聴いている。 最初に証言に立ったOSTPのレーン局長は、IT2計画の概要を説明しただけなので省略するが、514百万ドルの増額要求がPITACの472百万ドルの増額提言に直接当たっていると言うような表現はもちろん避けている。(それでは切りしろがあると言ってしまうことになる。) 以下に他の証言者たちの証言のハイライトを記しておこう。(日本でも政府への予算増額の要請などの参考になるかもしれないので。と言っても日本の国会では研究開発プログラムの内容について、このように集中して審議する場などないかもしれないが。)

 ケネディPITAC議長は、IT研究が益々重要になってくる中で、連邦R&D投資75ドルのうちの1ドルしかITに向けられていない現状では、各連邦機関がミッション特有の短期的プロジェクトに費用を集中するのは致し方ないところであり、長期的な基礎研究のためには新規の研究費上乗せが必要である旨を訴えた。PITACとして、ソフトウェア、スケーラブル・インフォメーション・インフラストラクチャー、ハイエンド・コンピューティング&コミュニケーションズの3つを重点投資分野としたが、さらに重要なものとしてITリテラシーの向上とIT専門家の育成という社会的な問題への対応を挙げている。後者についてはただ単にH1Bビザの発給を増やすなどということではなく、大学でのエキサイティングかつイノベーティブな研究を増やして、学生を魅きつけて、少なくとも新たに毎年500名のIT専攻の学生を増やす必要があるとしている。これらの意味から、IT2は貴重な第一歩となると期待されるが、PITACとしては未だIT2がこれらのゴールに合致するものかどうかのレビューを行っていないので、これからそれを行うこととすると結んだ。

 競争力評議会のブロック氏は、最近NRC(National Research Council)のCommittee on Innovations in Computing and Communicationsのメンバーとして、「Funding a Revulution: Government Support for Computing Research」という報告書の作成に加わった経験を基に証言している。この報告書は政策立案者にITの発展に政府がどのような役割を果たしてきたかと言う歴史的な視点を与えるためのものであるとし、現在の繁栄が60年代からのDARPA、NSFを初めとした連邦機関の投資がもたらしたものであると説明している。特に、連邦の資金が米国の最も優秀な研究者に、短期的な収益性など求めることなく与えられたこと、そしてそれ以上に大学と言う次の世代のITワークフォースを教育する場に注がれたことが、政府にしか成し得ないことであったとする。現在、大学におけるITの研究費、研究設備費の70%は政府機関から来ており、大学院生の20%(主要な工科系大学などでは50%を超える)は政府のサポートで研究を行っている。これらを充実させることが米国のIT分野でのリーダーシップを維持する道であるとしている。

 シスコ社のウルフ氏は、ビジネスの立場からIT2に期待するとしつつも、もっと拡充されるべきとの証言を行っている。数十億に上るノードをつなぐことのできる「Deeply Networked Systems」の研究は、産業界が最近「Electronic Persistent Presence(EPP)」と呼び始めた全てがつながりっぱなしのネットワークに関わる技術であって期待される。しかし、EPP実現のために必要な暗号やプライバシーに関する研究などが不十分である。「ITの経済・社会的インプリケーション」についても、ITのワークフォースへの貢献が不足速ではないか。シスコは「シスコ・ネットワーキング・アカデミー」という高校生、大学生対象の2年間のプログラムで、現在も17,000人に科学技術への興味を高めるための教育プログラムを実施しているが、HPCCの時代から「ヒューマン・リソース」の研究があることになっているが、その成果も不十分のままであるとしている。

 バイオニューメリック社CEOのハウシアー氏は、13年前にバイオメディカル研究用としては世界で初めてNIHにスーパーコンピュータが導入された際に、自らも癌の新薬開発のためにそれを使って研究していた経験を基に証言をしている。NIHのスパコンは今や130ギガフロップスの性能しかなく、日欧の研究機関にも大きく遅れを取ってしまっている。ASCIのブルーマウンテンはNIHにこそ必要なのである。このような状況下でIT2によってNIHに新たなスーパーコンピュータの設備とソフトウェアの研究がもたらされることは不可欠であって、もしそれがなければ今世紀中にヒトゲノムの解析を終えることができず、救えるはずの生命が救えなくなる、という切実な表現でIT2の実施を訴えている。

 UCバークレイの情報管理システム学部長のバリアン氏は、NRCの「Fostering Research on the Economic and Social Impacts of Information Technulogy」と言う報告書を最近著した委員会の議長を務めた経験も踏まえて、コンピューティングとコミュニケーションの経済的社会的側面に関する研究の必要性について説いた。例えば、家庭で高い料金を払ってでも広帯域に接続したいというニーズはあるのか、企業は情報ネットワークに対応して知的財産権のポリシーをどのように設定すべきなのか、情報技術が生産性向上に繋がっているという明確な証拠が見当たらないという生産性パラドックスの問題はなぜ解明できないのか等々、研究しなければならないテーマは山積している。しかし、NSFの全予算に占める社会・行動・経済科学研究の予算はわずか4%にしかすぎず、コンピューティングとコミュニケーションの社会的インパクトの研究費はそのうちのさらにわずかな部分と言うようにあまりに研究費が不足していると主張した。

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