99年7月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国における電子商取引の最新動向 「トランズアクショナル」から「リレーショナル」へ -2-


2.「トランズアクショナルEC」から「リレーショナルEC」への進化

(1)電子商取引の光と影

 これまでインターネットを利用したECを発展させてきた原動力は、発注プロセスのコスト削減であると言えよう。特にこれまで通販に力を入れてきた企業は総じてインターネットへの移行に積極的であり、例えば、デルコンピュータの場合、それまでの通信販売をインターネット中心のECに移行させ成功を修めた。既存の通信販売のノウハウをそのまま活かすことで、無理のない移行が可能だった。また、米国で最大の書籍チェーン、「バーンズ・アンド・ノーブル」も既存の在庫管理システムが完備していたため、ウェブサイトでの書籍販売を始めた際の混乱は少なく、(アマゾンに先を越されてはいるものの)オンラインでの売上も順調に増えている。顧客の絞り込みも成功の鍵であり、LLビーンやランズ・エンド(Lands End)のほか、ギャップ(Gap)、タワーレコードなど、若い層をターゲットにした顧客の絞り込みに長けている企業もオンラインでの高い収益性を誇っている。

 しかし、オンライン販売で成功する企業は今のところ、かなり限られていると言える。 インターネットを利用したECで利益を上げている企業はあまりにも少なく、実際にECを行っている企業のほとんどにとって、各調査会社の試算している市場規模は少し誇張したものに思えるかもしれない。例えば、オンラインショッピングに積極的な顧客の絞り込みには高度なマーケティング技術が必要であり、メーシーズ(Macy's)、ブルーミングデールズ(Bloomingdales)、ノーズストロム(Nordstrom)、ヘックス(HECht)などの百貨店大手でもオンライン販売に大きく出遅れている。


(2)トランザクションEC とリレーショナルEC

 オンライン取引を行なう上で最も重要なのが、他のECサイトとどのように競合するかというポイントである。ここで大半の企業は、ECを戦略的もしくはマーケティング的観点から捉えるのではなく、技術的観点からとらえるトランザクションECのアプローチをとっている。電子商取引では、フェース・ツー・フェースのやり取りを行なう手間やコストが省けるのに加え、24時間体制で取引が行なえる。更に、ウェブサイトでは買い手は購買に関する決定を簡単迅速に下せる傾向にある。ECが持つこうした技術的利点に焦点を当て、顧客獲得や取引完了のコスト削減を狙ってECを導入するアプローチが、トランザクションECである。トランザクションECはコスト節約や利便性の追求を求めており、電子商取引のサイトを立ち挙げたばかりの企業のほとんどが、多かれ少なかれトランザクションECのアプローチをとっている。しかし、ウェブサイトをコスト構造で比べた場合、ほとんど差がなく、ライバル企業に差をつけるのは非常に困難である。一方、オンラインの便利さにひかれて、電子商取引を行っている買い手は欲しい商品を最も安い価格で提供しているサイトに流れる。とりわけ、「Jango」といった各サイトの価格比較を行なうプライスチェックサイトが続々と登場している中、こうした傾向は一層強まっている。これではECをせっかく導入しても、顧客の獲得に失敗する可能性があり、EC導入の本来の目的が達成されない結果に終わってしまう。

 トランザクショナルECが電子商取引の大半というのが現状だが、大成功を収めているECサイトの多くは、リレーショナルECと呼ばれるアプローチを採用している。リレーショナルECとは関係重視型の電子商取引であり、トランザクションオンリーの手段でなく、顧客と長期的関係を構築する上での1つのステップとして見るアプローチである。オンライン取引の便利さだけではなく、ユニークな機能を備えたECサイトを提供することで、得意顧客の増大を狙うものである。このアプローチを取る企業はECによる購入活動を包括的な立場に立って捉えており、買い手が他のウェブサイトには見られないようなユニークさに惹かれるようなウェブサイト作りが必要であるとしている。売り手との“きずな”がない消費者は簡単にサイトを去り、競合するウェブサイトに乗り換えてしまう。このため、ECサイトにとって最も重要な資質は、いかにカスタマーを長期で惹きつけておくかといった「カスタマーロイヤリティー」となってくる。

Transactional EC
EC=複数の売り手から買手が最も割安な価格の商品を選択する取引(トランザクション)
個々の取引はその場限り
取引担当者双方の意志の疎通がない取引

Relational EC
EC=単独の売り手と単独の買い手の相互関係
個々の取引は長い信頼関係を築くための布石
“顔が見える”取引


(3)リレーショナルECのメリット

 リレーショナルECは、トランザクションECとは全く異なった効果が期待できる。まず、取引に参加する当事者による一種のEC共同体の形成である。企業も顧客も共に相手とのコミュニケーションをとりながら、顔の見える相互利益と共通の興味に基づいた長期的関係を構築する過程で、これまでの商慣習のような共同体が形成されるというわけである。この共同体は、産業ベースである場合もあれば、納入業者と供給業者により形成される場合などもあり、一連の取引に共通して関わるグループにより形成されることになる。リレーショナルECのアプローチの場合、各取引にまつわる交渉はコストよりも、共同体のメンバー間で培われた信頼関係に拠るところが大きいのが大きな特徴である。

 更に、リレーショナルECの特徴として、取引のカスタム化が挙げられる。例えば、デルは、大口顧客に向けて、PCを購入するための専用ウェブサイトを設置している。契約に従って、それぞれの顧客企業が購入するPCの合計金額などがページごとに記録される仕組みとなっており、企業内で社員がウェブページを利用してハードウェアを購入する場合、誤った金額を支払わないように自動的に計算するなどきめ細かなカスタム化が行われている。

 このように、リレーショナルECの場合、これまでの商慣習のように顔が見える取引がポイントとなっており、コスト削減を目指した戦略的ソーシングとは一線を画している。

 無数のウェブサイトが開設される中、リレーショナルECを実行する上で最も重要なのは、いかにして顧客の関心を集め、リピーターを増やすかである。事実、米国では既に、ユニークな機能などを付け加えることで、顧客の関心を集めるのに成功しているサイトがいくつかある。例えば、サンフランシスコ市に本拠地を置くネットセンティブ(Netcentive)は、特定のウェブサイトで買物をした顧客に対し、利用航空会社のマイレージ点数を加算するなどの特典を与えている。更に、カリフォルニア州のサイバーゴールド(CyberGold)は、サイトに掲載されているバナー広告をクリックし、閲覧した利用者に特典を与えるプログラムを実施している。両社はいずれも特許を獲得しており、今後のECの方向を占う先進例として注目を集めている。


3.「バリュー・チェーン」から「バリュー・ウェブ」へのシフト

 ウェブベースの事業で収益の高いアマゾン・ドット・コムは、販売する製品の性質とカスタマーの嗜好を最大限に活かしたサイトづくりに成功している。サイトは顧客一人ひとりに向けてかなりの度合いの個別化の工夫がされており、ユーザーは一度登録すると、次に利用した際には自分の名前が画面に現われる仕組みになっている。「Welcome back, Hidekazu Hasegawa」といった具合である。パターン認識技術を使ったソフトウェアを利用しており、複数回利用した顧客に対しては購入歴を基に、購入した書籍のジャンルやタイトル、著者などに嗜好のパターンがあるかを割り出し、顧客の興味に沿っているとみられる書籍を紹介するサービスも行っている。カスタマーサポートシステムも社内における統合性が高く、カスタマーサービススタッフ全員が個々の顧客のトランザクション、購入情報、セキュリティなどに関する情報データにアクセスできるようになっているほか、電子メール、ファックス、電話による対応も行っており、柔軟な対応体制を目指している。更に、アマゾンは「アソシエーツ・プログラム」と呼ばれるプログラムを通し、ユーザーコミュニティーの確立を目指している。このプログラムに参加するウェブサイトはアマゾンにリンクするホストページとなることができる。顧客が自分のサイトからアマゾンにジャンプして書籍を購入した場合、そのサイトの所有者はトランザクションの売上の一部を享受することになっている。アマゾンはこのプログラムにより、コストを低く抑えたままでウェブ空間における効果的なマーケティングに成功している。

 デルもまた、ウェブサイトに個別化、カスタム化ツールを駆使しており、大口企業カスタマーに特化した「プレミアページ」を個々の企業向けに設けている。既に5,000社もの大口顧客に対して設けられているという専用プレミアページには、デルとの受注契約に含まれる全ての製品を盛り込まれ、顧客企業は、各購入に関し正確な価格情報を得ることができ、購入金額に関する誤りを最小限に防止することができる。大口顧客の一つであるフォードは、プレミアページの利用で年間200万ドルのコスト削減を実現させることができるとしており、PCをプレミアページから購入するように社内奨励している。デルは更に、ECウェブサイトをバックオフィスシステムと統合している。このため、例えば、顧客がカスタム化されたコンフィギュレーションのパソコンを注文する場合、製造ラインにその情報が自動的に転送され、個々のニーズに即したユニットを誤りなく製造する体制を取っている。これにより、パーツ不足や製造段階に誤りが生じた場合など、前もってカスタマーに告知できるようになったため、カスタマーサービスの向上につながっている。

 アマゾンとデルの事例から、効果的な電子商取引の4つの教訓が指摘できる。それは、統合(integration)、コンテンツの改良(contents-building)、カスタマーサービス(customer service)、カスタム化(customization /personalization)である。

@統合(integration)

 一つ目の教訓は、いかなる企業といえども他との統合なしに成功できないという点である。企業のウェブサイトは大抵の場合、サプライヤーなどのトレーディングカンパニー、カスタマー、場合によっては競合企業との統合が必要とされる。

 ここで、80年代後半から提唱されてきたバリューチェーンから、このウェブ版である「バリューウェブ」への移行が急務になっていることが指摘できる。バリューチェーン(価値連鎖)は、企業内部の活動は互いに連結関係を有しつつ、全体として買い手のための価値を創造しており、この連結関係をうまく管理することができれば、競争優位に立てるとする概念である。これを電子商取引に置き換えた場合、“効果的に統合されたウェブ”に他社をしのぐための価値が生じるということになる。自社のウェブを顧客が最大価値を見出すことのできる“バリューウェブ”に作り替えることが、各企業にとって重要になっており、競争優位を獲得するために、企業のウェブを全体の統合されたシステムとして管理する必要があるといえよう。

Aコンテンツの改良(contents-building)

 第二の教訓は、ECサイトのコンテンツは、企業にとって製品の質と同様に重要であるという点である。ECサイトは、カスタマーが長期的に利用し、カスタマーとの関係が強化されるものでなければならない。従って、企業の製品やサービスの長所をアピールする以上の工夫が要求される。

Bカスタマーサービス(customer service)

 第三の教訓は、企業はウェブを作り替える(リエンジニアリング)ためには、ウェブという枠組みにこだわらず、あらゆる手段・機会を最大限に活用するべきであるということである。これに関し、例えば、ビジネスプロセスの自動化が進んでいる風潮の中にあっても、あえて担当者によるコンタクトの価値が再認識されている点は興味深い。人による一切の介入がないトランザクションプロセスが一般化し、顧客もそれに慣れる中、問題が生じた時点での迅速でパーソナルな対応は、長期的で好ましい印象につながる。

Cカスタム化(customization /personalization)

 最後に、個人のニーズに合わせた「パーソナライゼーション」は、ウェブユーザーからは、当然であると思われ始めている。これは、「全ての人に全てのことを」という意味ではなく、主要ユーザーとしてウェイトを占めるターゲット層を構成する各個人の、それぞれの嗜好やニーズに個別に見合うことができるようなダイナミックなコンテンツを作るということである。この方法では、カスタマーがウェブ利用時に購入活動を行わないとしても、個々のカスタマーとの関係を築くことが可能となる。

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