99年9月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国におけるブロードバンドの進展 -1-


はじめに

本年1月号の「99年の展望」において、Eコマースとメディア・ビジネスが今年米国において注目すべきポイントであると書いた。Eコマースについては、制度面を中心に何回か取り上げてきたが、メディア・ビジネスの方は、しばらく放置してしまっていた。この半年強の間に台風の目であるAT&Tの動きがますます加速化すると同時に、実際のブロードバンドの利用も進みつつあり、さながらブロードバンド元年という活況である。遅れ馳せながらも、日本でも接続料の定額制や新たなブロードバンド・サービス提供のニュースなどが出てきていると承知しているが、今回はその2歩も3歩も先に行こうとしている米国の状況について述べることにしたい。なお、メディア・ビジネスと言う意味では、昨年始まったデジタルTV放送やデジタル・セット・トップ・ボックスを巡るマイクロソフトなどの動き、インターネット・アクセスでも衛星やワイアレス経由の話題などもあろうかと思うが、今回はAT&Tのケーブル買収を巡る動きとADSL対ケーブル・モデムの進展動向に絞って伝えることにする。なお、執筆に当たっては、NYTやWSJ紙、AT&Tを初めとする各社の発表、FCCの発表、ADSLフォーラム(www.adsl.com)及びケーブル・データコム・ニュース(cabledatacomnews.com)のサイト等を参照している。


1. AT&Tのブロードバンド戦略とそれを巡る動き

(1) AT&Tの買収戦略

まずは、最近のAT&Tの動きを見てみよう。AT&Tが、1984年の分割により地域電話市場から離れて15年になるが、その間90%強持っていた長距離電話市場でのシェアを50%以下に落としつつ、ダウンサイジングに努めるような日々を送ってきた。96年にはルーセントとNCRを分離して、長距離通信だけに特化することにし、その将来に明確な目標が見えないようにも思われた。そのAT&Tがインターネットに目覚めたのはいつなのか。8月9日付のインダストリー・スタンダード誌によれば、はっきりはしないものの、その萌芽はAT&T研究所の研究者の中にあったという。AT&Tは、95年3月にサンのチーフ・サイエンティストであったDado Vrsalovic氏を、そして96年4月にアップルの同じくチーフ・サイエンティストであったDave Nagel氏を迎え入れているが、この二人がキーとなってインターネットの新たな息吹をAT&Tにもたらしつつあった。AT&T研究所も一部がニュージャージーからシリコンバレーに移され、新しい血が流れ込んでいる。97年にAT&TのCEOになったMichael Armstrong氏が、この流れを加速したと言うことらしい。ともかく実行あるのみ、必要なものは借りるのではなく自前で持てとして、TCG、IBMグローバル・ネットワーク、TCI、メディアワンと、1,370億ドルにも上る買収をしてきている。ここで、時間を追ってAT&Tの最近の動きを整理してみよう。


98年1月8日、AT&Tはテレポート・コミュニケーションズ・グループ(TCG)を110億ドル相当の株式交換で買収すると発表。TCGはCLEC(Competitive Local Exchange Carriers)の大手で、全米の主要66都市を含む250の地域のビジネス顧客を対象として地域電話、インターネット・サービス(CERFNetブランド)を提供しており、AT&Tはこれをローカル・サービス・ネットワーク・グループの中心に据え、地域市場への足がかりとした。買収は98年7月23日に完了。

98年6月24日、AT&Tは米CATV第2位のテレ・コミュニケーションズ(TCI)を480億ドル相当の株式交換により買収すると発表。AT&Tが現行のコンシューマー向け長距離、ワイヤレス、インターネット・サービスをTCIのケーブル・テレビ、通信、高速インターネット・ビジネスと統合して、新たに「AT&Tコンシューマー・サービス社」を創設する。このAT&Tコンシューマー・サービスはケーブルのインフラ整備を加速し、99年末までにコンシューマー向けのデジタル電話、インターネット・アクセス、デジタル・ビデオ等のサービス・パッケージの提供開始を目指し、99年の売上高を330億ドル、収益を70億ドルと見込んでいる。TCI傘下の@ホーム・ネットワークは他のCATV企業との契約も加えると、全米5000万世帯に高速インターネット・アクセスを提供する権利を有していることなどから、AT&Tコンシューマー・サービスは、全てのインフラ整備が整った段階では全米3300万世帯以上が同社のサービスに加入すると見込む。なお、AT&Tの対ビジネス部門は、「AT&Tビジネス社」として存続し、99年度の売上高は360億ドル、収益を120億ドルと見込んでいる。

なお、この買収は99年3月9日に完了しているが、買収発表時とは組織などに変更があった。コンシューマー部門を全てまとめて「AT&Tコンシューマー・サービス社」とするとされていたが、従来通りの構造、すなわち、消費者、ビジネス、ソリューション、ワイアレス、ローカル(旧TCG)、AT&T研究所というものに加えて、TCIは新部門「AT&T Broadband & Internet Service」を形成することになった。AT&T BISのCEOにはTCI社長であったレオ・ヒンダリー氏が就任し、TCIのCEOであったジョン・マローン氏は、AT&Tのボード・メンバーとなった。

98年12月8日、AT&TはIBMのグローバル・ネットワーク事業の買収(現金で50億ドル)を発表。同ネットワークは世界59ヶ国、850都市に1,300のダイアル・アップ・ポイントを有し、数百社の国際的企業、数万の中小企業、そして100万人を超える個人ユーザーに対してネットワーク・サービスを提供しているが、AT&Tはこれらを7月にBTと合意している100都市を結ぶIPベース・ネットワーク構築のベンチャー・ビジネスに活かすとした。

99年1月11日、AT&TはTCI系列のケーブル会社5社とそれぞれジョイント・ベンチャーを設立すると発表。TCIの買収でカバーする1,700万世帯に加えて、さらに500万世帯をカバーすることになる。AT&Tは各ジョイント・ベンチャーの51〜65%を所有して、各ケーブル会社のシステムを通じて通信サービスを提供する長期独占権を購入する。その購入額は数千万ドルに上ると見られ、各ケーブル会社負担で行うアップグレードがある水準に達したところで支払われる。ケーブル会社はこれとは別に加入者から月々の料金を受け取る。顧客がサービスに加入した時点で必要となる通信機器の費用(1世帯当たり300〜500ドル)は、ジョイント・ベンチャーが負担する。これら5社は、ブレスナン・コミュニケーションズ(ミシガン、ミネソタ、ウィスコンシン、ネブラスカの各州を中心に加入世帯60万でケーブル通過世帯90万)、ファルコン・ケーブルTV(ワシントン、オレゴン、カリフォルニア等で100万、160万)、インサイト・コミュニケーションズ(イリノイ、インディアナ、オハイオ等で50万、80万)、インターメディア・パートナーズ(テネシー、ケンタッキー、ジョージア、サウスカロライナ等で100万、160万)、ピーク・ケーブルビジョン(ユタ、オクラホマで10万、18万)の各社。

99年2月1日、AT&TとCATVトップのタイムワーナーは、合弁会社を設立してタイムワーナーの33州に及ぶケーブル・システムを用い、AT&Tブランドでケーブル・テレフォニー・サービスを提供することなどを含む広範な提携関係を結んだと発表。年内に1、2の都市で試験を行い、2000年に広範囲での商業サービスを開始するが、既に買収したTCI及びその関連会社と本合弁会社を併せると、5年以内に全米の40%(3,500万世帯)以上の世帯に同サービスが提供できるようになると言う。タイムワーナーでは双方向通信のためにケーブル・システムをアップグレード中だが、99年内に85%まで、2000年内に全体が完了する。AT&Tはそれらの費用に加え、各家庭に必要な通信装置などの経費(1世帯当たり300〜500ドル)を負担。合弁会社にはAT&Tが75.5%、タイムワーナーが22.5%を出資するが、3年後には年商40億ドルに達し黒字化できるとしている。

99年4月22日、AT&TはCATV第4位のメディアワンに対し、現金と株式交換による総額580億ドルに上る買収案を提示した。これは3月22日に、同3位のコムキャストが提示した株式交換による530億ドルの提案より、その時点の株価で17%上回る提示となる。5月3日、メディアワンの取締役会はコムキャストとの合意を撤回して、AT&Tの買収案を受け入れるとの発表を行った。5月4日、コムキャストはメディアワンの買収交渉を打ち切るとともに、AT&Tとの間で双方が地理的に有利なようにケーブル・システムを交換し合い、差し引きでは75万世帯の視聴者を1世帯当たり4,500ドル、総額30〜35億ドルでAT&Tから譲り受け、さらに将来125万世帯を譲り受けるオプションを得たと発表。

5月6日にAT&Tが発表した最終的なメディアワン買収合意によれば、メディアワン株1株当たり30.85ドルの現金とAT&T株0.95株が割り当てられる。買収は2000年の第1四半期までに完了される予定。この買収に併せて、5月6日、AT&Tとマイクロソフト(コムキャストの11%の株主)は広帯域サービスで提携を行うと発表。合意は、@マイクロソフトがAT&Tの新規発行債権50億ドル分を取得する、AAT&Tがセット・トップ・ボックス用のOSとしてウィンドウズCEを、既にコミットしている500万台に加えて、250〜500万台に使う、BAT&Tがマイクロソフトのクライアント/サーバーTVソフトウェアをライセンスし、これを使って2000年第2四半期までに2つの都市で新しいデジタル・サービスを開始する、などが骨子となっている。

なお、5月7日付けのNYT紙によれば、これらの合意によりAT&Tはローカル及び長距離電話、デジタルCATV、インターネット・アクセスの総合サービスを、TCIの1,970万世帯とメディアワンの850万世帯の合計2,800万世帯に、また提携を通じてローカル及び長距離電話サービスをタイムワーナーの2,060万世帯とコムキャストの740万世帯の合計2,800万世帯に提供することになり、併せて5,600万世帯へのサービスを視野に入れることになるという。


AT&Tはこの1年、以上のような積極的な買収を通じて、(メディアワンの買収については、次に示すようにまだまだ難航が予想されるものの)全米の約1億世帯の半分以上との直接の接続を視野に入れつつある。もう少し正確に言うと、全米でテレビを見ている約1億世帯のうち6,700万世帯がケーブル・テレビ視聴世帯であり、ケーブル到達世帯では9,600万世帯と言うので、AT&Tの総合サービスが来るなら新たにケーブルに入ろうかと言う世帯があることも考えれば、AT&Tは全米の3分の2以上の世帯に届く可能性もあるということになる。とは言いながらも、ケーブル・ネットワークは1950年代から徐々に構築され始め、現在では1万強のシステム(システムと言うのは1オペレータが1地域で一つのネットワークを使って行っているサービスで、最大のものはタイムワーナーがニューヨークで行っている加入世帯103万というものであるが、通常は数万から数十万と言うものが多い)があって、AT&Tが買収したシステムも新しいのやら古いのやら、大規模のものや小規模のものまで、ばらばらのシステムのつぎはぎであることから、全ての地域で一貫したサービスを一斉に始めると言うのは至難の技のようである。TCIのケーブル・ネットワークのグレードアップにAT&Tは数十億ドルかかるとしているが、専門家の中には100億ドル以上かかるはずという声もあるほどである。

8月3日にTCIからAT&T BISにブランド名を正式に変更したばかりであるが、カリフォルニア州フレモント市で地域電話も含めたケーブル総合サービスが開始された状況について、7月22日付のWSJ紙は以下のように紹介している。

フレモント市はサンフランシスコの対岸の人口20万強の都市で、地域電話会社はSBC傘下のパシフィック・ベルである。AT&Tは今年中に全米8都市(ダラス、シカゴなど)で地域電話を含むケーブル総合サービスを開始し、2000年中に数十万、2001年中に数百万に広げる計画である。電話料金の設定をパシフィック・ベル+AT&Tであった場合の15%〜27%安く設定して勧誘を始めたが、勧誘したうちの約20%にあたる約1,000世帯が加入して、手応えは予想以上だという。しかし、既にヘアドライヤーやガレージの開け閉めなどで電話に雑音が入るという苦情が寄せられたり、顧客の30%以上が同時に双方向通信を行うとネットワークの速度が低下することも確認されている。今のところ、新規顧客の申し込みもネットワークの監視も全て人手に頼るというようなローテクで、いろいろと試行錯誤をしていると言う状況のようである。この1,000世帯が、今後全米世帯の半分以上を覆い尽くすようなサービスの原点となるのだろうか。

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