99年12月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国における新IT R&D政策の動き -1-


はじめに

今年も11月15日から19日までラスベガスにおいて開催された秋のCOMDEXに行く機会を得た。これが3度目となるのでしっかりした報告をすべきところであろうが、今回は会場を回れる時間が1日しか取れなかったので、また感想のみ一言述べるに留めよう。伝えられるところ今年はCOMDEXも20周年であったからか、アジアの景気回復が本格化し始めたからか、前年を上回る入場者数を記録したとのことだが、確かに昨年以上の活況のように感じられ、特にアジアからの出展者、入場者が非常に増えている(私の感じでは4人に1人にも思えたが)という印象を受けた。ラスベガスの街自体も、会場の一部として使われたベネチアン・ホテルをはじめ、昨年より巨大ホテルも2、3増えているなど、米国の底無しの好景気には驚くばかりである。

展示の方は例年と同様に、コンベンション・センター南館の花道にマイクロソフトが陣取り、次にフィリップスとソニーが並んで多くの人並みを集めるといた。続いて東芝、NEC、日立、キャノン、シャープ、オリンパス、リコーなど南館の常連日本企業が並んだが、昨年から欠けたIBMに加え、富士通、エプソン、パナソニック、三菱なども大きな展示は控えており、やや寂しい気がしないでもなかった。エイサーやLGエレクトロニクスなどの台湾、韓国の企業も大きな展示をしていたが、この両国については、サンズ・エクスポ会場の中小企業の展示の方により強いエネルギーを感じた。

展示の内容としては、もちろん来年2月に迫ったマイクロソフトのウィンドウズ2000が一つの焦点ではあったが、それにも増して、昨年は話題先行型のように思えたLINUXが「LINUX BUSINESS EXPO」としてまとまった展示をする実力をつけたことの方がより注目を集めていたように思えた。また、インフォメーション・アプライアンスがもう一つの注目点であり、ほとんどのキーノート・スピーカー、特にソニーの出井社長、HPのフィオリーナCEO、シスコのチェンバースCEOが、ゲーム機であったり、腕時計であったり、あるいはガソリンスタンドのポンプであったりと、新しいインターネット接続のデバイスを紹介していた。展示でも、フィリップスの近未来ホームの展示、ソニーのプレイステーションUやメモリースティックを使ったプレーヤー、パーム・コンピューティング社の各種パーソナル・デジタル・アシスタンス、ナショナル・セミコンダクター社のチップを使った各種インターネット接続デバイスなどが目立っていた。マイクロソフトもゲイツCEOは「PCは新たな高みを征服してきたが、さらにこれが続く」との立場は崩さないまでも、「any time, any place and any device」として結局は同じ方向を示唆せざるを得なくなっている。とは言うものの、インフォメーション・アプライアンスも、インターネット・アプライアンスとかコンピューティング・アプライアンスとか呼び方も統一されていないように、まだこれが本命というものは見受けられず、モバイルという意味でもビジネスが中心で日本のような「誰でもケータイ」という文化にはなりそうもないことから、1〜2年でPCがとって代わられるようなことにはならないと思われる。パーム・コンピューティングは一定の成功を収めているが、次の大きな展開はデジタル・セット・トップ・ボックスの決定版が出るまでお預けと言うことであろうか。その萌芽は今回のCOMDEXでも見られたが、新たな本流はコンシューマー・エレクトロニクス・ショーやウェスタン・ケーブル・ショーの流れから出てくるのかもしれない。


ということで、感想にもならないようなことを一言述べたが、今回の報告はこれとは直接関係のない米国におけるIT研究開発政策の進捗状況についてである。毎年この時期には当然10月から始まる新年度予算が決まって、その評価などが行われつつあるとともに、R&D分野の一大コンベンションであるスーパー・コンピューティングのショー(今年はSC99、11月13〜19日、ポートランド)が開催されるのに向けて、様々な研究開発の成果発表が行われるので、このテーマを選んでいるのである。が、言い訳けをさせていただくと、今年はこの4月号の報告でも述べたように大統領情報技術諮問委員会(PITAC)の「情報技術研究:未来への投資(Information Technology Research : Investing in Our Future)」と題された勧告と、それを受けた「21世紀に向けた情報技術(Information Technology for the Twenty-first Century ; IT2)」イニシアチブを巡る議会での予算審議に関係者が忙殺されてしまい、研究のサブスタンスでの発表がやや少なかったように思われる。結局、連邦予算の方も議会でのごたごたに決着がついたのがようやく11月も半ばになってからということだったため、この稿の執筆時点でも2000年度予算の全体像がわかっていないという状況である。ということで、今回の報告は、2000年度IT予算を巡る議論を紹介するとともに、わずかに発表になっているHPCC計画などの進捗状況をトピックスとして紹介するだけとなってしまうことをお断りしたい。

なお、ソースとしては米国連邦政府を中心とする各種のウェブサイト、ポートランドのSC99に行った際の印象、ワシントンを訪問しての取材、そしてワシントン日米コンサルティングの提供情報などを基にしている。


1.2000年度予算を巡る動き

さて、4月の報告で詳述したように、IT関連R&Dの2000年度予算要求は、HPCC予算1,462百万ドル(含むDOEのASCI)と新規要求のIT2予算366百万ドルの計1,828百万ドルで、99年度予算の1,314百万ドルに比べて514百万ドルの上乗せ(39%増)の要求であった(表1)。さて、結論から言うとこれがいくらまで認められたかは12月初めの時点でもわかっていない。もちろん各省庁の予算は歳出承認済みであるので、NCO(National Coordination Office for Computing, Information, and Communication)(http://www.ccic.gov)でそれらを整理しきれていないというだけのことだが(聞いてみると2001年度の予算要求の発表(2月初め)までまとめられないかもしれないとのこと)。但し、新規要求のIT2に相当する部分は、後述するように236百万ドルが認められたようである。以下に、そこに至るまでの経緯について簡単に説明してみたい。


表1.HPCC計画予算(単位:100万ドル)

    FY 1999 Budget   FY 2000 Budget Request  
Agency HECC   LSN   Other PCAs Total HECC LSN HCS Other PCAs Total
NSF 224.7 72.0 (25) 4.3 301 216.8 76.4 (25) 21.1   314
NASA 71.4 20.6 (10) 0.6 93 108.2 20.4 (10) 7.8   136
DARPA 48.0 82.2 (50) 10.4 141 38.4 75.5 (40) 16.0   130
DOE Science 91.9 33.9 (15)   126 82.6 33.8 (15)     116
NIH 27.1 67.9 (5) 8.0 103 27.7 69.0 (5) 5.3 2.0 104
NSA 24.0 3.0   27 27.5 1.7 47.8   77
NIST 3.5 5.2 (5) 4.3 13 3.5 5.2 (5) 5.5   14
NOAA 8.8 2.7   12 10.3 2.7     13
AHCPR   3.1 4.9 8   5.2   5.5 11
EPA 4.2     4 4.2       4
SUB TOTAL 503.6 290.6 (110) 32.5 828 519.2 289.9 103.5 7.5 919
DOE ASCI       484         543
TOTAL       1,312         1,462  

( )内はNGI予算で内数


1月にゴア副大統領が発表したIT2イニシアチブであるが、@基礎的情報技術研究開発、A科学、工学、国家のための高度コンピューティング、B情報技術の社会、経済、労働力へのインプリケーションという3つの活動への支援を、2000年度から3.66億ドルで開始するというのがその内容である。この新規予算要求の審議の最初の責任を担う下院科学委員会基礎科学小委員会は、その増額要求の妥当性について議会予算局(Congressional Budget Office = CBO)に調査するように要請した。それに対する回答の一つが4月に「Current Investments in Innovation in the Information Technology Sector : Statistical Background」(http://www.cbo.gov/reports.html)と題する報告として公表されている。しかし、この報告書は題名通りIT研究開発への投資を統計的に分析しようとするものであり、IT2そのものの実質的な妥当性についてはもう一つの報告書で触れると断っている。結局その二つ目の報告書は出されなかったようであるが、この報告書でも一つの重要な問題提起がなされている。それは、「政権はIT2の2000年以降の予算要求の額を未だ示していないものの、各省の民生技術のトータルの予算が今後数年間はフラットか減少傾向になると思われるところ、IT2の予算増を認めていけば、当然他の研究分野の予算は削減されることになるだろう。」と言うものである。このCBOの前提は、クリントン大統領が連邦財政の余剰は社会保障年金制度の整備に用いるとのコミットメントを行ったため、将来の予算支出レベルに上限が課せられたことに依拠している。しかし、クリントン政権の政策担当者は、連邦予算を巡る環境はCBOが仮定するような単純なものではなく、IT予算の増額は認められていくべきであると、この段階で反論を行っている。(因みに、2000年度の民生技術研究開発予算要求額は384億ドル(軍事385億ドル)であるので、IT分野の比率は4.6%とそれほど大きなものではない。)

6月9日、ジェームズ・センセンブレナー下院科学委員会議長(共和/ウィスコンシン)は、H.R.2086「ネットワーキング・情報技術研究開発法(Networking and Information Technology Research and Development Act = NITRD)」案を提出した。センセンブレナー議長はIT2が単年度の予算増額しか求められていないのに対し、NITRD法案は5年間の予算承認を与えることで持続的かつ現実的な予算増加を可能とするものと自讃している。同法案のサマリーとそれに従った予算承認額(表2)は以下に示す通りである。


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