2000年7月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

ポストPC時代における次世代型情報端末と企業戦略(前半) -1-


はじめに

ポストPCという声を聞いてから久しいが、やはりこれまでのところ米国ではPCが全盛で、漸くパームを使っている人を街でも見かけるようになったというところである(ITセミナーの会場などではもちろん多く見かけたが)。日本と違い、モバイル・テレフォンによるウェブ・アクセスもサービスがスタートしたばかりで、ハンドセットも2〜3機種しか出ておらず、日本のようなペナペナというものでもない。しかし、IT業界におけるポストPCに向けての開発競争は凄まじいものがあり、ついこの稿の締切り間際に見に行ったPC EXPO(6/26-29、ニューヨーク)でも、もはや普通のデスクトップPCの展示はほとんどなく、PCはモバイルばかりであり、それら以上にPDA(Personal Digital Assistance)やインターネット・アプライアンス(IA)の展示が中心で、インターネット・アクセスもワイヤレスばかりが目立っていた。

このような方向は、日本が本来得意とするところであり、再び日本が浮上するチャンスでもある。そこで今回は、米国のポストPCの動きを眺望すると同時に、そこでも様々な戦略を巡らせている、マイクロソフトやインテルなど主要企業の動向を見極めてみることとしたい。レポートは、ワシントン・コアに依頼してまとめてもらったものをベースに、PCマガジンやその他の報道、各社のホームページなどを参考に作成している。1.ではポストPCへの移行を促している要因を見ることにし、2.で実際にポストPCを担っている情報端末技術を展望し、3.で主要企業の戦略を見ることとしたい。全体が長くなるので、2.の途中からは次号報告に回すこととする。


1. ポストPCへの移行

 現在、米国のIT産業では「ポストPC」という概念がキーワードになりつつある。ポストPCという概念が生まれつつある背景には、通信技術を巡る様々な環境の変化、規制緩和による新規事業者の台頭、競争激化による産業の再編、消費者の意識の変化などがあり、具体的には次のような要因が挙げられる。
  • ブロードバンド等によるインターネット接続の高度化
  • 急速に進む情報端末の小型化と脱パソコンを望む声の高まり
  • 規制緩和による新しい通信キャリアの台頭
  • 電子商取引の爆発的な普及と消費者の情報通信技術への接近
  • 大手メディア事業者の相次ぐ合併・企業連合とデジタル産業全体の一大再編
  • 普遍コンピューティングへの期待の高まり
  • ポストPCの核となる技術の萌芽
 これらについて、簡単に説明して見よう。


(1) インターネット接続の高度化

 ポストPCという概念が生まれつつある背景にはまず、ブロードバンド・インターネットに代表されるインターネット接続の高度化がある。ブロードバンド・インターネットを可能にするデジタル加入者線(DSL)、CATV回線(ケーブルモデム)、固定ワイヤレス、衛星技術などを利用した様々なインターネット接続が、米国の都市部では、少しずつ利用可能になっており、今後、高速接続がさらに一般的になっていくのは間違いない。IDCの今年初めの予測でも、2004年までに全米オンライン世帯の33%がブロードバンドを使うとしている。 ブロードバンド・インターネットの中でも、DSLとケーブルモデムのサブスクライバー獲得競争が激しくなっているが、DSLは2000年3月末で北米で約90万世帯(テレチョイス調べ)が、ケーブルモデムは2000年6月初めで北米で300万世帯(ケーブルデータコム・ニュース調べ)が既に利用している。今後、どちらが伸びていくかという予測はいろいろと成されているが、いずれにせよこれらがブロードバンドの主流を占めることは間違いない。

 また、ブロードバンド・インターネットの登場に伴い、接続の安定度も急激に改善されており、これまでのダイアルアップ方式から、24時間常時インターネットに接続する家庭も米国では増え続けている。IDCは2004年には米国の53%のオンライン・ユーザーが常時接続になるとしている。このようにインターネット接続の高度化に伴い、インターネット接続の概念自身も変化しつつある。

 インテルのホーム・ネットワーク事業総責任者のダン・スウィーニー氏は「複数のパソコンやデジタル家電が同一のインターネット接続を利用する“インターネット接続の共有”がポストPCを一気に推進させる」とみている。インターネットを家庭内で共有する技術は「住宅用ゲートウェイ」技術と呼ばれ、インターネット接続の高速化、安定化とともに、ちょうど電気の回線のようにインターネットが家庭内で共有できる技術なども今後、重視されていく。


(2) 急速に進む情報端末の小型化と脱パソコンを望む声の高まり

 インターネット、ソフトウェア、そして半導体技術が急速に進む中、急速に進む情報端末の小型化と脱パソコンを望む声が高まっている。インターネット接続を可能とするパームトップ端末、ハンドヘルドPC、高度携帯電話に代表される、技術革新を通じた各種機器の小型化には目を見張るものがあり、机に座らなくてはインターネットにアクセスできなかった時代は大きく変わりつつある。

 パソコンの場合、起動に時間がかかるほか、フリーズも少なくなく、ネットワーク接続も不安定である。また、インターネット接続、文書作成、表計算以外のパソコンの機能の多くは一般にとって必要がないという指摘も少なくない。そのため、ネットワーク接続を安定化させるほか、機能を限定した小型の情報端末を望む消費者も多い。

 現在、特に、注目されている“脱パソコン”の情報端末はPDAや携帯電話を中心とするワイヤレス技術である。ワイヤレス技術の進化には目を見張るものがある。普及率では日本に遅れを取っているものの、携帯電話を中心とするワイヤレス端末も米国では急激に普及しつつあるほか、ワイヤレス・インターネット接続を改善する関連ソフトの開発も進んでいる。携帯電話や自動車用高度ナビゲーション・システムなどでも十分なインターネット接続が可能となり、パソコンの前に縛られていたインターネット利用から、モバイルの時代に大きく変化している。 また、パソコン市場の成熟に伴い、新しい市場獲得のために、さらに幅広い種類のデジタル機器の開発が進められているという事実がポストPCへの流れを加速させている。米国では、パソコン市場が成熟期に入っており、上向きの成長は続いているが、年間成長率はそろそろ下がり始めると見られている。IDCの予測では、米国におけるパソコンと、インターネット・アプライアンス(双方向テレビ、スクリーン・フォン、PDA、携帯電話、テレビゲームなどでインターネットに接続する機器の総称)の販売台数が以下のように2002年に初めて逆転するという。


2002年の米国におけるインターネット・アプライアンスと
パソコンの販売台数予測(IDC)
インターネット・アプライアンス 2700万台
パソコン 2390万台


 また、パソコンが成熟期に入ったとする一つの指標として、コンピュータ・ハードウェア産業における既存のプレーヤーたちが、ポストPC市場を念頭に、サービスの多角化を目指し、幅広いメニューからのサービス提供を開始していると同時に、市場に新たに参入するベンダー数が減っているという事実が指摘される。


(3)規制緩和による新しい通信キャリアの台頭

 大胆な規制緩和をうたった「1996年通信法」の制定以来、規制緩和による新しい通信キャリアの誕生や大型合併が続いており、ポストPC時代に適したユニークなサービスを提供する土台が着々と進みつつある。同法により、長距離通信、地域通信、CATVサービス事業者が、それぞれの市場に参入できるようになったため、市場の融合が起こっている。例えば、長距離サービスとCATVサービスの融合が起こりつつある。これは、規制の緩和で、長距離事業者とCATV事業者が、地域サービスへの参入を許されるようになったためである。地域通信サービスへの参入をもくろむ長距離サービス事業者は、CATVのインフラを利用して双方向性の高いデータサービスを行えるようになるほか、AT&TのTCIやメディアワンの買収のように、特定の地域に確立しているCATVの加入者を狙って、CATVとの融合を図っている。さらに、長距離キャリアとベル系を中心とする地域通信事業者が互いの市場に参入を試みている。

 各種サービスの融合と統合の中、消費者向けのシームレスなサービス開発の一環として、ポストPCを捉える通信事業者は多い。サービスのバンドル化(地域、長距離、ワイヤレス、インターネット接続、CATV)を徹底し、家庭内のデジタル機器全てにインターネットをシームレスに接続できるサービスが増えている。また、後述する携帯電話の“家電リモコン化”など、ポストPC時代に適したユニークなサービスの提供なども計画する事業者も少なくない。

 ユニークな統合サービスとして注目されるのが、テキサス州ヒューストンのリライアント・エナジー・コミュニケーションズ(www.communications.reliantenergy.com)の新サービスであり、ガスと電気の供給サービスのほか、CATV、インターネット・アクセス、電話サービス、各種ホームネットワークを一括して提供するサービスを導入する。これは、エネルギー事業者に対する規制がテキサス州で大きく緩和されるのに注目したサービスで、今後、規制緩和が進むにつれ、ポストPCに適した同様の総合サービスは次々に登場すると見られている。 代表的な大型合併・提携事業には長距離のMCIワールドコム、長距離と地域のクエストとUSウエスト、地域のベル・アトランティックとGTE(新Verizon)、ワイヤレスのベル・アトランティックとボーダフォン・エアタッチ(新Verizon Wireless)などがあるが、いずれも、音声とデータが融合する市場の中で、規模を拡大することで優位な位置を占めようという意図の現われである。

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