2000年7月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

ポストPC時代における次世代型情報端末と企業戦略(前半) -2-


(4)電子商取引の爆発的な普及と消費者の情報通信技術への接近

米国ではインターネットを利用したオンライン・ショッピングが急成長している。PCハードウェアとソフトウェア、航空券、イベント・チケット、書籍などの分野ではオンライン・ショッピングが完全に定着しており、通常の小売販売を脅かすまでになっている。鶏と卵の関係ではあるが、インターネットによる電子商取引の爆発的な普及は、消費者がインターネット利用のショッピングに対し、セキュリティーなどの不安感を持たなくなってきていることの現われとも言える。そのような中で、オンライン・ショッピングに適した、パソコン以上に簡易なインタフェースを求める声も広がっており、これがポストPCの推進力となっている。日本では携帯電話が消費者の情報通信技術への接近を急速に促しているが、米国では今のところたぶんPDAがその役割を果たしており、最近のイベントなどでのPDA展示ブースのものすごい人気は、消費者の情報通信新技術への興味の高まりを端的に示すものと言えよう。


(5)大手メディア事業者の相次ぐ合併・企業連合とデジタル産業全体の一大再編

現在、米国のメディア業界では、テレビとインターネットの融合を前提にした、大手事業者の相次ぐ合併・企業連合が進んでおり、デジタル産業全体の一大再編が進んでいるとも言える。その中でも最も注目されているのが、言うまでもなく、AOLとタイムワーナーの合併である。これはAOLが持つ2,600万人加入のオンライン・サービスと、タイムワーナーが持つ雑誌、書籍、映画、音楽、CATV番組などのコンテンツ、それに全米世帯の20%が加入するケーブル網という、膨大なメディア同士の合体ということになる。今後、AOLとタイムワーナーは広帯域のケーブルやDSLを使い、娯楽、情報、ショッピング、バンキング、コミュニケーションなどの様々なサービスを統合的に一般家庭に提供でき、ポストPCの中核となる家庭内エンターテーメントを相当程度、手中にすることになる。もちろん、それに先行するAT&TによるTCIとメディアワンの買収も、同様の目標を追求しているものである。

また、ポストPC技術として注目されているパーソナル・ビデオレコーダー(PVR)の2大メーカーであるティーボ(www.tivo.com)とリプレーTV(www.replaytv.com)の両社に対して、CBS、ABC、NBCの3大ネットワークをはじめ、CATV主要ネットワークのほとんどが昨年夏から相次いで出資している。これは、テレビとインターネットの融合を前提に、PVRという新技術を自分たちに従わせ、事業戦略に組み入れようという戦略であるとされる。その他にも、マイクロソフトの高性能テレビゲーム機市場参入など、テレビメーカーやCATV事業者以外による、家庭内エンターテーメントへ向けての動きが急になっており、消費生活全体のデジタル化も視野に入れたユニークなアプライアンスや、デジタルテレビ関連製品も、今後次々に登場すると見られている。


(6)普遍コンピューティングへの期待の高まり

ここ数年、米国のデジタル産業界では、デスクトップPCに代わり、いつでもどこでもインターネットにアクセスできる「普遍コンピューティング(Ubiquitous Computing)」の概念が注目されつつある。この「Ubiquitous Computing」という言葉は、ゼロックスのパロアルト研究センターの研究者(96年からチーフ・テクノロジスト)であったマーク・ワイザー氏(99年に47歳で急逝)(www.ubiq.com/weiser)が80年代後半から提唱していたもので、持ち歩くのではなく、どこにいてもコンピューティングができる環境を作ると言う壮大な概念である。ワイザー氏は、PDAのことを言っているのではないと明言し、常にネットワークに結合されたデバイスが至るところ(壁の中でも)でユーザーを取り巻いていて、ユーザーがコンピュータを使っていると気付くことなく、どこにいても情報にアクセスできるような世界を言っているのだとしている。

しかし、現在の普遍コンピューティングの概念は、現実のPDAに集積されている技術などに引っ張られ、IBMの言う「Pervasive Computing」(www-3.ibm.com/pvc)のように、「PDA、モバイル・フォン、オフィスのPC、家庭のエンターテイメント・システムなどを通じて、どこにいても情報にアクセスできるシームレスに統合されたシステム」というように変化しているようである。別にここで普遍コンピューティングの概念について論議するつもりはなく、普遍コンピューティングが最も実現し易い壁に囲まれた場所、すなわち家庭における普遍コンピューティングというものが脚光を浴びるようになっているということを紹介しようとしているのである。

 家庭内における代表的な普遍コンピューティング機器としては、双方向テレビの他、冷蔵庫内の食品をモニターし、例えば、牛乳が足りないときには自動的に注文を出し、食品を総合的に管理する「スマート冷蔵庫」、電子メール接続もできる「スマート・トースター」、「スマート電子レンジ」、衣類に埋め込まれたセンサーから洗濯機に温度などの洗濯時の各種情報を自動的に伝える「スマート衣類」、「スマート洗濯機」、さらには家を飛び出しての「スマート・カー」など、SF小説をほうふつさせるユニークな機器が生まれつつある。また、これらをシームレスに結合するホーム・ネットワーキング技術などは、とりあえずは家庭内の複数のPCを結ぶ目的から、実用化が始まっている。

 また、概念論に戻るが、普遍コンピューティング機器のほとんどが、マサチューセッツ工科大のメディアラボが次世代の生活の“核”となるとして、繰り返し唱えてきた「“考える”もの(things that think = TTT)」(www.media.mit.edu/ttt)の概念に近く、コンピュータチップを埋め込んだデジタル家電が多い。デジタル電気製品の開発が進めば、普遍コンピューティングの一つの理想であるデジタル・ハウスの出現もそう先の話ではなくなるかもしれない。


2.有望視される次世代型情報端末

 上述のように、様々な要因が組み合わさって、ポストPCへの移行が進んでいるが、具体的にポストPCを担う主要技術を、(1)ネットワーク・コンピュータ、(2)携帯端末、(3)携帯電話、(4)テレビ・パソコン融合技術、(5)家庭内普遍コンピューティング技術、(6)高性能ゲーム機、(7)自動車搭載端末??の7点に分類し、検証して見ることにする。


(1)ネットワーク・コンピュータ

 3〜4年前にオラクルのラリー・エリソンCEOが唱えていたネットワーク・コンピュータという言葉は今では死語のようになってしまい、同じ概念のことを「シン・クライアント(Thin Clients)」と呼ぶことが一般的のようである。しかし、ここでは敢えて概念が掴み易い、すなわちネットワークにつながなければただの箱であるものの総称として、昔の名前を表題に掲げておくことにする。ここでは、復活しつつあるビジネス用のシン・クライアントと、新たに生まれつつある家庭用のネットワーク・ターミナル(e-mail / Webターミナル、スクリーン・フォンなど)がこれに入るものとして説明する。なお、ネットワーク・ターミナルと言う言葉も必ずしも広く使われる言葉ではなく、むしろインターネット・アプライアンス(IA)と呼ぶべきかもしれないが、IAは後述のテレビ系や家電系のものも含めての概念と思われるので、ここではとりあえずネットワーク・ターミナルと呼んでおくことにする。


@ シン・クライアント

 シン・クライアントは、パソコンからハードディスクをなくし、ソフトウェアを集中管理している企業内のサーバーにアクセスし、必要なソフトウェアをネットワーク上で利用するためのターミナルである。パソコン購入費やソフトウェア利用料を低く抑えることができるほか、社内情報の統合にも効果があるとされ、ビジネス市場向けとして期待されていた。オラクルは自社の誇るサーバー技術を包括的に利用でき、デジタル市場を牛耳るチャンスであったため、ネットワーク・コンピュータ専門の子会社であるNCI(Network Computer Inc.)を発足させ、96〜97年にかけて、様々な開発を行った。しかし、ちょうどパソコン価格が急激に下がったこともあって市場を獲得するには至らなかった。そのため99年にオラクルは、NCIの社名をリベレート・テクノロジーズ(Liberate Technologies)(www.liberate.com)と変更し、インタラクティブTVのソフトウェア開発に事業の焦点を絞ることとなった。

しかし、現状の分散されたPCアーキテクチャーの弊害、すなわちサポートやアップグレードの膨大なコスト、データのインテグリティやセキュリティ維持の困難さ、などに多くの企業が気付き始め、シン・クライアントの需要はまだ小さいながらも着実に伸び始めている。ゾナ・リサーチは、米国市場での出荷台数について、98年の35万台が99年に60万台となり、さらに2000年には110万台、2001年には225万台に拡大すると予想している。

現状で米国で販売されている機種としては、IBMの「ネットワーク・ステーション」、コンパックの「T1000」、ネオウェア(www.neoware.com)の「NeoStation」、サン・マイクロシステムズの「Sun Ray Family」などが代表的なもののようである。クライアントのOSとしてはウィンドウズCEを使っているものが多く、UNIXやLINUXに対応できるものもある。また従来のものは接続できるサーバーを選んだが、現在はどのようなサーバーともつながるようになっている。価格は400ドルから900ドル程度で、これはローエンドのデスクトップPCとほとんど変わらない価格であるが、例えばサンによると、50台程度のデスクトップPCのビジネスをシン・クライント環境に変えると、サーバーやストレージの効率的な利用やソフトウェア・ライセンシング・フィーの節約などで、デスクトップ当たり400ドル程度の節約に、100台程度だと700ドル程度の節約になるという。それに加えて、従来から売り文句とされていたように、サポートやアップグレードなどを含めた年間の維持経費ではさらにかなりの節約になるようである。

ターゲットとされている市場としては、コール・センター、病院、保険、航空券予約センター、ホテルのフロントデスクなどが挙げられているが、よりシン・クライアントに適したアプリケーション・ソフトウェアなどが開発されてくれば、さらにこの市場は広がると期待されている。


A ネットワーク・ターミナル

さて、シン・クライアントの概念をビジネスから家庭へも広げようとする動きが見られる。オラクルはネットワーク・コンピュータの再起を賭けて、従来から学校などにシン・クライアントの提供を続けていたようであるが、99年10月にはラリー・エリソンCEOが、199ドルの新たなタイプのPCを近く発売するとの発表を行っている。インテルのチップを使い、LINUXベースでネットスケープのブラウザーを搭載していることなどが明らかにされたが、その後これが実際に市場に出てきたとの話しは聞かない。ただ最近、NICC(New Internet Computer Co.)という独立ベンチャーを発足させ、そこが「NIC(New Internet Computer)」と命名した新シン・クライアント機器を売り出していくと伝えられているので、近く実際に出てくると見られる。

発表だけで出てきていないものとして、マイクロソフトの「MSN Web Companion」もある。AOLに押されっぱなしのMSNのてこ入れもあってか、MSNのサブスクライブを前提にしたインターネット・アプライアンスとして99年9月に発表されている。その後、今年の1月にはファクト・シートも発表されており、ウィンドウズCEベースで立ち上がりが早く、MSNに直接つながって、そのサービスを即座に受けられること、どこかのOSのように、わけのわからないエラーメッセージなどは出てこないこと、インターネット・エクスプローラやウィンドウズ・メディア・プレーヤーなども搭載しており、フル・ウェブを経験できること、定期的にインターネット経由で送られてくるソフトでアップデートができることなどが明示されている。OEMとして、エーサー、フィリップス、トムソンなどが開発にあたっており、発売時期は2000年の後半になるとされているが、価格は明らかになっていない。500ドル以下で、実際にはMSNのサブスクライバー料などで埋め合わせされて、200ドル程度になるのではないかと見られている。

IBMもネットワーク・ステーションを96年から売り続けているなど、シン・クライアントの老舗であり、消費者向けへの参入も狙っていたが、この2月、金融サービス大手のフィデリティーの顧客向けに、新インターネット・アプライアンス(名称未定)を試験的に出荷したと発表している。AT&Tとライコスと提携しての試行であり、AT&TがDSLによるブロードバンド・サービスを、ライコスが専用ポータルを提供する。フィデリティーのユーザーは、これを使い、オンラインでの投資やウェブ・サーフィン、eメールの利用などができるようになる。本体は10インチのLCD画面とワイヤレスのキーボードを備え、フラッシュ・メモリー以上のストレージは持たないものと見られるが、プリンターのポートは持つ。試行のため使用料の月額等は無料のようであるが、このような形態での利用であれば、使用料はたぶんサービス提供側が相当部分負担するのであろう。

さらにホットな話題を二つ。5月30日、ゲートウェイはトランスメタ社(www.transmeta.com)のクルーソー・スマート・プロセッサとモバイル・リナックスを採用した新しいインターネット・アプライアンス(ウェブ・パッド型のものの模様)をAOLと共同で開発すると発表している。この新IAシリーズは、「インスタントAOL」サービスと、ネットスケープの「Gecko」と言う小さくて速いブラウザ技術を搭載する。発売は今年の第4四半期と予想され、ワイヤレス版IAは、それから少し後になる模様であり、ゲートウェイは260の小売店で、AOLはネットで直接加入者に売ることになり、価格は500ドル以下が目標とされていると言う。

このインテル抜きの動きに対抗するかのように、インテル自身も6月22日に「Dot.Station Web Appliance」を発表している。セレロン・プロセッサとリナックス搭載のこの機器は、インテル・システム・マネージメント・スイートというソフトウェアにより、サービス・プロバイダーがリモートで管理やアップグレードなどができるという特徴を持つ。従って、店頭販売ではなく、ウェブポータル、ISP、キャリア、金融機関などが、最終ユーザーにサービスと伴に提供すると言う形をとる。ハードディスクも電話も備えている小型のデスクトップPCというところで、価格は500ドル程度になると見られるが、そのような提供の形態をとることから、月額の利用料はかなり低く抑えられるものと見られる。第3四半期にまず欧州から売り出されるとされている。

さて、これらの他にデルやHPなどもこの市場への参入を計画していると伝えられているが、これらネットワーク・コンピュータの流れを汲んだインターネット・アプライアンスではなく、純粋に家庭でのウェブ・アクセスのみを狙ったニッチ商品を二つだけ紹介しておこう。

一つがネットプライアンス社(www.netpliance.com)の「i-opener」である。10インチのカラー液晶画面とその台となっている本体(56Kbpsモデム内蔵)とキーボードのみの簡単な構成で、価格もキャンペーン中はわずか99ドル(通常199ドル)と言うもの。但し、接続料は月21.95ドルかかる。オーディオやビデオのダウンロードはサポートされていないが、eメール(1アカウント)やウェブサーフィンなどはスムーズにできると言う。

もう一つがinfoGear社(www.infogear.com)の「iPhone」で、こちらは7インチのモノクロ液晶タッチスクリーンと受話器付きの本体(56Kbpsモデム内蔵)と本体に格納できるキーボードというスクリーン・フォンの形態をとっている。電話、留守番電話、eメール(4アカウント)、ウェブ・アクセスの4つの機能を持っており、価格は約400ドル。ISPは提携先(AOLなどは使えない)のところを使うことが要求される。なお、このinfoGear社は、シスコに買収されて6月に完全子会社となっている。

さて、これらのネットワーク・ターミナルであるが、PCが60%もの家庭に行き渡っている米国で、本当にそれほどの需要があるのかとの疑問もわくところである。たとえ広い家で置く場所には困らないと言っても、ホーム・ネットワーキングでもなければ、複数の機器をネットに接続するのは難しいし、複数のISPと契約するのはもっと煩わしい。上述のIBMのフィデリティーの端末のような専用で必要なもの以外は、やはり汎用のPCを選ぶ家庭が多いのではないだろうか、という見方をしている人が多いように思われる。

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