2000年9月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

米国におけるエレクトロニクス・マニュファクチュアリング・サービスの動向について


はじめに

 最近、製造アウトソーシング企業である「エレクトロニクス・マニュファクチャリング・サービス(EMS)」について経済誌などで目にする機会が増えている。私自身、EMSについて強く認識するようになったのは、稲垣公夫氏(NECアメリカ経営企画部長)の 書かれた「アメリカ生産革命」(日本能率協会98年12月刊)を読んだときである。それまで日本のエレクトロニクス製品ならライ フサイクルが短いのは当然と言う認識があったが、なぜデルやシスコなどがEコマースを使ってさらに短いライフサイクルで新製品 を送り出せるのだろうという疑問を漠然と抱いていたところを、その本がクリアに示してくれたのである。その後、これについて 本稿のテーマにしたいと思ってはいたのだが後回しになってしまっていた。でも最近のいろいろな報告、すなわち日本はもの作り でも米国に追いつけなくなってしまっているのではないかというものに接して、これはやはりEMSについて取り上げなければならないだろうと思い、今回この稿を書いている次第である。  

 EMSについては、日本ではまだそれほどではないかもしれないが、米国のIT業界の間では常識になっているため、業界誌や業界ア ナリストの分析などは入手できても、改めてEMSとは何かなどというようなことを示してくれているものは少ない。そのため、今 回の報告はその辺りについて上記の稲垣氏の著書を活用させていただくとともに、最後に掲げた各種の記事や、各社のホームペー ジなどを参考にしてまとめている。なおいろいろと助言をいただいた稲垣氏にはこの場でお礼を申し上げるとともに、EMSについ て新著の準備をされているとのことなので、それを待望することとしたい。
 

  1. 米国EMS業界の概要

(1)EMSとは

 EMS(Electronics Manufacturing Services)とは、OEM(Original Equipment Manufacturers)から製造のアウトソーシングを請負う企業 である、と簡単には言えるが、日本で見られないビジネスモデルなのでやや説明が必要になってくる。歴史的には80年代にコンピ ュータやエレクトロニクス・メーカーが、労働集約的な組立作業のコスト削減や高需要期の製造キャパシティーの提供を求めて、外 部の製造サービスに下請けを出していたところに始まる。当初はサーキット・ボードや部品もOEMが提供し、組立後の製品のテス トもOEMが行っていたが、次第に製造サービスの側も部品の調達やテストなども請け負って生産性や利幅を上げようとし始めた。 80年代に本格化したサーキット・ボードへの表面実装の技術はそれまでのピン・スルー・ホールのボードの組立に比べて飛躍的に生産 性が高まり自動化も進む一方、製造工程ではより高度な自動組立装置を必要としたことから、OEMは自社でそれを抱えるのではな く、製造アウトソーシングを一層進めるようになった。


 高度な製造技術で作られた製品は小型化されて価格も下がり、ライフサイクルも当然短くなる。80年代末にはOEMによっては製品 ライフサイクルの戦略的マネージメントのために製造アウトソーシングを活用すると言うところも出てきている。また、本来のコ スト削減目的のために生産性向上を追及していくと、部品の共通化やそのための設計までもをアウトソーシング企業が引き受ける ようになってくるのも必然である。


 ここで日本と決定的に違ってきたのは、日本のOEMが自社の生産子会社や関連企業としてそれらのアウトソーシング工場を抱えて いたのに対し、米国はそれらが当初から独立しており(OEMからスピンアウトした企業でさえも)、規模の経済の追及のためな ら、互いに競合するOEMからでも仕事を取ってくるようになったところであろう。この段階に至って初めて本当の意味のEMS企業 と呼ばれるのである。従って、まだ日本にはEMSは1社もないということになるのだろう。なお、EMSと同義でCMs(Contruct Manufacturers)とかCEMs(Contruct Electronics Manufacturers)とかの言葉が使われることも多いが、本稿ではEMSに統一する。


(2)EMS利用のメリット

 上述のように、EMS利用のメリットは一言で言えば、コストの削減とタイム・ツー・ボリューム・プロダクションの短縮と言うのが一 般的である。しかし、もう少しこれを分析して見ると、さらにいくつかの要素があるようである。そこについて、散発的な記述は いろいろとあるのだが、最も分かり易く説明されているのが、稲垣氏の示す5項目なので、ここに引用させていただく。


  1. 変動対応力:新製品の大量生産や需要の変動に伴う生産の急激な変動に対応できる。
  2. 資金の有効活用:製造関係の固定費を変動化でき、資金を研究開発や企業買収に振り向けられる。
  3. 操業度リスクの低減:OEM側が本来負っていた自社工場の操業度低下による経営リスクをEMS側が肩代わりできる。
  4. 先端生産技術の利用:高密度実装技術などの先端生産技術の研究開発や設備への投資を、EMSOEMに代わって行うことで、OEMにおける重複投資が避けられる。
  5. グローバル生産対応:製品のライフサイクルに応じた生産拠点の変更(例えば製品が成熟して価格競争が激しくなるとコストの安い国に生産を移すなど)や、需要先の市場に近い拠点での生産が可能になる。

 これほどのメリットがあるならば、OEMはEMSを使わないはずがない。このメリットに係る、業界関係者のコメントなどを拾っ て見ると、さらに現実のものとして理解できるだろう。「OEMにとってアウトソーシングはもはや不可避のもの。OEMはR&Dや マーケティングなどのコアコンピテンスに集中しコストを減らす方向に動いている。そして資本集約的な生産を他の企業の帳簿に 移し変えることで負債を減らしている。だから質問はなぜそれが起きたのかではなく、いつそれが起きたのかと聞くべきなの だ。」

 「それがあまり早く起きなかった理由の一つは、OEMがEMSにまだ懐疑的だったので、自らが一度も触れていない製品にOEMのラ ベルを貼るのは受け入れがたかったのだ。」

 「OEMは彼らの金を節約する目的でバーチャル・マニュファクチャリング戦略を取り入れている。低く見積もっても、OEMはEMS にアウトソースすることで10%は節約できる。もし彼らがいいかげんなやり方をしていたのなら、50%にもなる。」

 「EMSが輝くのはタイム・ツー・マーケットを加速するところである。EMSは世界中に工場を分散させており、タイム・ツー・マーケ ットはほとんど即時である。OEMは工場を気にすることなく、優秀な人材を割く必要もない。EMSがそれはやる。そしてEMSは常 により高いキャパシティーで工場を操業する。それがEMSがコストを削減し高い品質を提供する方法なのだ。」

 「EMSの利点はサプライチェーンの効率が極めて良い点である。EMSはそのベンダーに巨大な発注をし、ここのOEMがとても享受 できないような規模の経済を得られる。」

 4.と裏腹の関係で、唯一アウトソーシングを妨げる要因ともなり得るものに機密の問題がある。それについても、専門家は以下の ような楽観的な見方をしている。

 「しばしば同じEMSの工場で競争相手の製品のラインが流れている。EMSは顧客の秘密を守ると誓ってはいるものの、コスト削減 のエッセンスはキャパシティーの利用を最大化するためにプールされていくと言うのが本当のところである。しかし多くのOEMは 彼らの生産は共通化されたプロセスであって独特なものではないと気がついている。それが彼らがアウトソーシングからより快適 さを得てきている理由である。」

 「OEMがより一般的な部品やプロセスを用いるようになるに連れ、機密にはあまり関心が払われなくなってきた。」

 コスト削減の一要素である人件費であるが、実は生産原価に占める人件費はそれほど高くはなく、部品代や物流費が8割程度を占 め、人件費と工場経費は2割程度に過ぎないと言うことのようである。従って、製品や需要地次第で米国でもEMSは成り立つという ことになる。しかし、そうは言っても図表1のように日本の労働コストではやはりかなり厳しいのかもしれない。

図表1.労働コストの各国比較

国名

時間当り労働コスト

国名

時間当り労働コスト

ブルガリア

$0.60

シンガポール

$7.60

中国

$0.70

米国

$11.00

マレーシア

$1.40

スペイン

$12.20

ハンガリー

$1.80

日本

$18.05

メキシコ

$1.80

ドイツ

$28.80

ブラジル

$4.50

   



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