2000年11月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

法人ウェブ・ソリューション・ビジネスにおける競争と協力


 (2)大手メーカー

 通信機器市場の中でも最も急成長を遂げている光通信機器では、大手メーカーによる企業のM&Aが相次いでいる。大手メーカーは、光ファイバーネットワークの拡大による通信機器への需要に応えるため、最新の技術を装備した機器の提供を目指している。しかし、ユーザーの需要は急速に変化するため、全ての製品を自社で開発していては急速な変化に迅速に対応できない。そこで資金力のあるメーカーは、優れた技術とエンジニアを抱える新興の中小企業を買収し、競争に勝つための貴重な技術力を獲得している。


 光通信機器市場におけるM&Aのトレンドは99年秋、シスコによって開始された。同社は、優れた技術で定評のあった光通信機器の新興企業、セレント(Cerent)とモンテレー・ネットワークス(Monterey Networks)を総額70億ドルで買収し、その後も休むことなく次々と新興企業の買収を進めている。買収のターゲットとなる企業は売上がゼロに近いケースが大半であり、こうした非上場企業の買収に数十億ドルをつぎ込むというのは、通常では考えられないことであった。しかし、光通信機器市場の秘める可能性を考慮すると、数十億ドルの投資も数年で回収できるとの考えが強く、以前では想像できなかったレベルの大型M&Aが相次いで成立している。


 また、光通信機器のメーカーだけでなく、光通信機器の製造に不可欠な部品を供給するメーカーにおいてもM&Aが進んでいる。光通信機器部品市場を代表する2大メーカー、JDSユニフェーズ(JDS Uniphase)とコーニング(Corning)は、競合メーカーを次々と買収することで同市場での地固めに専念しており、230億ドル規模と言われる光通信機器部品市場で圧倒的な強さを誇っている。


 過去1年間における主要なM&Aだけを見ても、光通信機器市場におけるM&A活動がいかに盛んであるかがわかる(図表6)。月1、2件のペースでM&Aが発表されており、主要なM&Aでは買収額が数億ドルから数百億ドルに上っている。また、レッドバックのように、設立当初は大手メーカーの買収ターゲットとして新聞をにぎわせた新興企業が、急成長を果たし、自らが他の買収に乗り出すといったケースも少なくない。光通信機器市場では、まさしく「買うか買われるか(Buy or be bought)」の攻防が繰り広げられている。


図表6:最近の光通信機器市場におけるM&A

買収元企業

買収先企業

買収総額

主要製品

M&A

完了時期

ADCテレコム

  • Altitun

8.8億ドル(株式)

レーザー関連製品

未定

シスコ・システムズ

  • Cerent

  • Pirelli Optical Systems

  • Qeyton Systems

70億ドル

21.5億ドル

8億ドル

(全て株式)

光通信システム

DWDMシステム

DWDMシステム

199911

20002

未定

コーニング

Corning

  • Oak Industries

  • NetOptix

29億ドル

20億ドル

(全て株式)

光通信機器部品

光通信機器部品

2000120005

JDSユニフェーズ

JDS Uniphase

  • E-TEK Dynamics

  • SDL

  • Cronos Integrated

Microsystems

150億ドル

400億ドル

7.5億ドル

(全て株式)

光通信機器部品

光通信機器部品

光通信機器部品

未定

未定

未定

ルーセント・テクノロジーズ

  • Ortel

  • Chromatis

29.5億ドル

45億ドル

(全て株式)

光通信機器部品

DWDMシステム

20004

未定

ノーテル・ネットワークス

  • Qtera

  • Xros

  • CoreTek

32.5億ドル

32.5億ドル

14.3億ドル

(全て株式)

通信接続拡大

光スイッチ

レーザー関連製品

20001

未定

未定

レッドバック・ネットワークス

  • Siara Systems

43億ドル(株式)

光通信システム

20003

出典:S & P




  1. シスコ・システムズ(Cisco Systems)http://www.cisco.com

    創設:1984年、本社:カリフォルニア州サンノゼ
    売上:(2000年度、7月末)189億ドル(前年比55%増)
    従業員数:3万5,000人(うちベイエリアに1万4,000人)
    主力製品:ルーター、スイッチ、ネットワークセキュリティ製品

    沿革

     シスコ・システムズは、言うまでもなく世界の通信機器市場を代表するコンピュータ・ネットワーク機器メーカーの最大手で、時価総額で世界最大の企業である。インターネットの基盤となるルーターやスイッチ市場を完全に支配しており、マーケットシェアは75%と驚異的な数字を誇っている。また、世界のインターネット・トラフィックの90%はシスコの製品を経由していると言われている。

     シスコは、インターネットの発展に伴い、パケット型スイッチをベースとしたネットワークインフラへの需要が急速に増加し、そこに特化したことで大成功を収めた。一方、ノーテルやルーセントは、シスコと異なり、機器メーカーとしての歴史も長く、旧来の回線型スイッチに特化した製品ラインを抱えていた。回線型からパケット型へ180度の戦略転換を迫られた旧来の大手メーカーは、新興のシスコに大きく遅れをとることになった。


    事業戦略

     シスコの急成長を支えた大きな要因として挙げられるのが、戦略的M&Aである。シスコのCEOであるジョン・チェンバーズ氏は、93年から2000年10月までに60社(今年だけで20社)を次々と買収し、製品ラインの拡大に成功している(図表7)。97年辺りまではネットワーク機器メーカーの買収が大半を占めていたが、最近では、ネットワークセキュリティ、ワイヤレス、光通信機器メーカーなどの買収も進んでおり、同社の事業拡大戦略に沿ったM&Aが実施されている。シスコの戦略的M&Aの背景にあるのが、「Acquisition & Development(取得と開発)」と呼ばれる戦略である。Acquisition & Developmentは、既に完成された技術を持つ企業を買収するのではなく、将来、有望と思われる技術の開発を行っている企業を買い取り、買収後に自社内で技術開発と商用化を進めるという戦略である。

    図表7:シスコが買収した主要企業

    企業名

    買収額

    (ドル)

    買収年

    主力製品

    Crescendo Communications

    1

    1993

    データネットワーク機器

    Kalpana

    2

    1994

    イーサーネットスイッチ

    LightStream

    1.2

    1995

    ATMスイッチ

    StrataCom

    45

    1996

    ATMスイッチ

    Ardent Communications

    1.5

    1997

    高度ネットワーク機器

    Global Internet Software Group

    4千万

    1997

    ネットワークセキュリティ

    Precept Software

    8,400

    1998

    動画送信ソフトウェア

    American Internet Corporation

    5,600

    1998

    ケーブルモデム用ソフトウェア

    Cerent

    70

    1999

    光通信機器

    Sentient Networks

    1.25

    1999

    ATM製品

    Geo Tel communications

    20

    1999

    コールルーティング用ソフトウェア

    Aironet

    8

    2000

    ワイヤレスネットワーク

    SightPath

    8

    2000

    ウェブコンテンツ配信用機器

    ArrowPoint Communications

    57

    2000

    ネットワークスイッチ

    Qeyton Systems

    8

    2000

    光通信機器

    出典:hooversCISCO

     シスコがM&Aにより大きな成長を遂げたのは、同社の事業戦略に沿った製品・サービスの獲得だけでなく、買収した企業のスムーズな統合に負うところが大きい。シスコでは、企業買収の契約が成立したと同時にIT統合の専門チームが稼動し、電話、電子メール、ERP、カスタマーケア、需要予測システム、ウェブサイトなどの統合を60日以内に完成させる。顧客は、買収契約が成立した日から、買収された企業の製品をシスコのウェブサイトで購入することができる。大型M&Aを実施した企業の多くが、技術やITシステムの統合に苦労し、逆に生産性が低下するといったケースが後を絶たない中、シスコは、買収企業のIT統合を専門に行うチームを設けることで、スムーズな統合を実現している。


    最新動向、今後の展望

     シスコは従来、ルーターやスイッチを代表とするデータネットワーク機器に重点を置いていたが、最近の相次ぐ企業買収を通し、急成長を続けるサービス・プロバイダー市場への進出を果たしている。シスコの事業拡大の背景には、データネットワーク機器市場の成長鈍化が挙げられる。米国では、ATMスイッチを除くと、ルーターやLANスイッチの市場成長率は10%前後となっており、90年代前半の成長率50%から大きく下落している。企業向けのネットワーク機器に特化する戦略に限界を感じたシスコは、大手電話会社を中心とするサービス・プロバイダーに、データ、ボイス、ビデオをまとめて処理・送信できる機器、サービスの提供を目指している。その一環として、2000年7月、SBCと数十億ドル規模に上るサービス契約を締結した。契約では、DSLネットワーク、企業向けVPN、ATMサービスなどにおいて、シスコが関連のデータネットワーク機器を独占的にSBCに提供するというものである。

     この契約で勢いをつけたシスコであるが、今後、乗り越えなければならない障害は大きい。サービス・プロバイダー市場は、ノーテルやルーセントといった大手メーカーに加え、多数の新興メーカーであふれ返っている状況である。例えば、IP/ATMスイッチでは、ジュニパー、アイアンブリッジなどが活躍しており、広帯域アクセスでは、コッパー・マウンテン(Copper Mountain)、レッドバックなどがマーケットシェアを巡って激しい戦いを繰り広げている。さらに、光通信機器では、大手メーカーの合間を縫うように、シカモアなどが躍進している。

     従来のシスコの戦略では、競争できない新興メーカーは買収するというのが通例であった。しかし、広帯域アクセスや光通信機器市場の新興メーカーは、IPOとともに数十億ドル規模の株式時価総額を記録しており、買収するのが困難になってきている。買収できないメーカーには競争で打ち勝つしかなく、シスコを取り巻く環境は厳しさを増していると言える。


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