2000年12月  電子協 ニューヨーク駐在・・・長谷川英一

米国におけるIT R&D政策の動き


4.ASCI計画のアップデート

 今年、ASCI(Accelerated Strategic Computing Initiative)(http://www.llnl.gov/asci)計画は、アスキーホワイトの完成と、その次の世代であるアスキーQの開発開始と言う2つのイベントを経験した。


 6月29日、IBMはアスキーホワイト、IBMの製品名としては「RS/6000 SP」が完成し、12.3テラフロップスの速度を達成したと発表した。同機は、512基のメモリーシェア・ノードの中に8,192個の64ビット銅配線のPower3-_チップを有し、メモリーとしては6.2テラバイトのメインメモリー、160テラバイトのディスクメモリーからなる。9月にIBMのポーケプシー(ニューヨーク州)工場から、ローレンスリバモア国立研究所(カリフォルニア州)に移設された際には、28台のトラクタートレーラーが必要とされたと言うほど巨大なもので、重量は106トン、新451ビルディングの中の12,000平方フィートのマシン室で3メガワットの電力を消費しながら稼動を開始している。


 この結果、SCトップ500リスト(最新の11月版)の上から4機は、全てASCI機となり、IBMのホワイト(Linpackベンチマークで4.9テラフロップス、ピーク性能で12.3テラフロップス)、インテルのレッド(同2.4と3.2)、IBMのブルー・パシフィック(同2.1と3.9)、クレイのブルー・マウンテン(同1.6と3.1)となっている。


 続く8月22日、DOEはホワイトに続く第4世代のアスキー機「Q」の、総額2億ドルに上る開発契約をコンパックと結んだことを発表した。この30テラフロップスを目標とするアスキーQは、ニューメキシコ州のロスアラモス研究所に導入されるもので、最終システムは2002年までに稼動が可能となる予定。同機は、375台のアルファサーバーGS320(アルファプロセッサーは11,968個)からなり、OSはTru64 UNIX、12テラバイトのメインメモリー、600テラバイトのディスクメモリーを持つもので、マシン室は43,500平方フィートが用意されていると言う。この発表に際して、DOE核安全庁のジョン・ゴードン長官は、ASCI計画のマイルストーンであった、核爆発の二次段階の3次元シミュレーション(ロスアラモス)及び敵側の核爆発に際しての核兵器システムのサバイバビリティーの3次元シミュレーション(サンディア)に成功したことを発表、さらに核爆発の一次段階の3次元シミュレーション・ツールも開発できたので(ローレンスリバモア)、今後30テラフロップス・システムと2004年に予定する100テラフロップス・システムを効果的に使う自信がついた旨述べている。



5.NSFのITR計画

 この9月13日、NSFはITR(Information Technology Research)イニシアティブに基づき、初めての助成プロジェクトを採択、発表した。ITRは、昨年初めのPITAC勧告と、それを受けたIT_イニシアチブの直接の流れを汲む新規イニシアチブであり、ITの基礎的、長期的研究への助成を目指したものである。初年度は9,000万ドルの歳出が承認されており、5年間の歳出額で2億2,400万ドルに上る210件(うち50万ドル以上のプロジェクトは22州の41研究機関による62件、50万ドル未満は32州の81機関による148件)が採択された。応募総数は2,000件を超えており、採択率は11%程度の厳しいものであったと言う。今回はコンピュータ科学と情報技術に焦点を置いたが、2001年度はアプリケーションやエンジニアリングにも焦点を拡げるとしている。


 このITRの評価について、ワシントン日米コンサルティングに若干のインタビューをしてもらった。ウィスコンシン大学による巨大データへのユビキタスなアプローチに係るプロジェクトの主任研究者であるデビッド・デューウィット教授は、「ITRがエキサイティングなのは、NSFからの資金提供であり、短期的に成果を出さねばならないとの憂慮なしに夢の探究をするのに5年間の研究資金が与えられるからである。研究計画の焦点を喪失したDARPAに代わって、NSFが長期の研究を行う自由を真に与えてくれるのである。」と述べている。また、ブラウン大学によるデータ・マネジメントに係る研究の主任研究者であるスタンレー・ズドニック教授は、「同僚研究者が米国でお互いに10ヶ所のコンピュータがコミュニケートできるようにしようと努力していた1970年代初期におけるコンピューティング・ネットワークの研究の試みを思い起こす。その当時は、迅速な成果を求めていた者は無く、ネットワーキングの将来への潜在性を見抜いてそれへの投資を行うことが十分であると考えていた人々がいた。」と振り返っている。この70年代の研究の短期的成果はあまり印象的ではなかったが、これが25年経ってからインターネットの広範な商業化への途を開いたのであったとズドニック教授は主張しているのである。「今般、助成金を与えられたプロジェクトの極く小さな部分が、20年後に米国IT産業を前進させる次期の研究になるかも知れない。探究的研究の基本性格はプロジェクトの大部分は成功しないことである。そうであるべきであり、さもなくば探究的ではない。これらプロジェクトの全ては成功するとは考えられない。それで良いのである。このことは大きいことを考え、チャンスを意欲的に捉えようとすることを意味するのである。助成対象プロジェクトの選定プロセスが上手に行われたのであれば、2 〜 3件のプロジェクトは成功するチャンスがある。大きく成功するチャンスであり、これ以外に他の方法では得ることの出来ない研究成果を生み出すのである。」と語っている。


 今回のITRの採択により、以下のようなことが可能になるとされる。

  • 数学的確実性と安全性の確認実験を用いた航空管制などの最重要かつ安全面でクリティカルなアプリケーションなどのソフトウェア
  • 科学データをただ詳細に示すのではなく全体的な印象を伝えられる描画
  • インターネットの効果やEコマースに係る法制度や政策などの国際比較
  • 微小なナノストラクチャーを構成するDNA分子を用いたり、シリコンの代わりにヘリウム内での量子のビットで計算するような、ポスト・シリコン・コンピュータ
  • 嵐、事故、交通量などの事象を捉えるセンサーとより良いレスポンスのためのそれらの空間的時間的発達のモデル化
  • 市街地の学校における科学・数学教育向上のための情報技術
  • サウスダコタ州のネイティブ・アメリカンのビジネス・ニーズ、ITスキル、教育技術に対応するためのコミュニティー
  • 人体内で作動し医療データを伝送してくるバイオメディカル機器
  • 言葉ではなく会話や音楽をサウンドとして検索するツール
  • 家庭において老人を介護するロボット
  • 科学者が遠隔協力により大型の装置を用いて巨大なデータファイルを管理するシステム
  • 特定のボルトに合うレンチを探すのと同様に、分子をその機能と合う形状により探索するツール
 具体的なITRの「スラスト(推進)分野」は以下の8項目であり、それぞれの中での主要なプロジェクトとして、NSFが公表しているもののテーマ、大学、助成額、助成期間を以下に掲げる。


  1. ソフトウェア
    • The Open Source Quality Project
      カリフォルニア大バークレー校、250万ドル、3年間
    • Strategic Software Design: Value-Driven Software Definition, Development, Deployment and Evolution
      バージニア大、136万ドル、3年間
    • A Center for Safety-Critical Embedded Software
      MIT、150万ドル、5年間
    • Scalable and Secure Information Republication
      カリフォルニア大デービス校、78万ドル、2年間
    • Dynamic Cooperative Performance Optimization
      マサチューセッツ・アムハースト大、315万ドル、5年間
      Est. Award Amt: $3,156,901、Duration: 60mos.、State: MA
    • Discreet Proofs for Electronic Commerce Applications
      エール大(コネチカット州)、33万ドル、2年間
  1. スケーラブル情報インフラストラクチャー
    • A Multiresolution Analysis for the Global Internet
      ウィスコンシン大マディソン校、260万ドル、3年間
    • Hierarchical and Reconfigurable Schemes for Distributed Control over Heterogeneous Networks
      イリノイ大アーバナシャンペン校、341万ドル、5年間
    • Wireless Networking Solutions for Smart Sensor Biomedical Applications
      ウェイン州立大(ミシガン州)、179万ドル、4年間
    • Technologies for Sensor-based Wireless Networks of Toys for Smart Developmental Problem-solving Environments
      カリフォルニア大ロサンゼルス校、177万ドル、3年間
  1. 情報管理
    • From the Web to the Global InfoBase
      スタンフォード大(カリフォルニア州)、220万ドル、3年間
    • Data Centers -- Managing Data with Profiles
      ブラウン大(ロードアイランド州)、315万ドル、5年間
    • A Petabyte in Your Pocket
      ウィスコンシン大マディソン校、461万ドル、5年間
    • Real-time Capture, Management and Reconstruction of Spatio-Temporal Events
      イリノイ大シカゴ校、64万ドル、3年間
      カリフォルニア大ロサンゼルス校、109万ドル、3年間
      メリーランド大カレッジ・パーク、52万ドル、3年間の共同研究
  1. 革新的コンピューティング
    • Quantum computing using electrons on helium films
      ケース・ウェスタン・リバース大(オハイオ州)、247万ドル、5年間
    • Self-Assembly of DNA Nano-Scale Structures for Computation
      デューク大(ノースカロライナ州)、201万ドル、5年間
    • Institute for Quantum Information
      カリフォルニア工科大、500万ドル、5年間
      3.人間_コンピュータのインターアクション
    • Personal Robotic Assistants for the Elderly
      ピッツバーグ大(ペンシルバニア州)、105万ドル、3年間
    • Creating the Next Generation of Intelligent Animated Conversational Agents
      コロラド大ボルダー校、400万ドル、5年間
    • Multimodal Human Computer Interaction: Toward a Proactive Computer
      イリノイ大アーバナシャンペン校、313万ドル、5年間
    • Interacting with the Visual World: Capturing, Understanding, and Predicting Appearance
      コロンビア大(ニューヨーク州)、349万ドル、5年間
    • Personalized Spatial Audio via Scientific Computing and Computer Vision
      メリーランド大カレッジ・パーク、299万ドル、5年間
  1. 先端コンピュータ科学
    • The GriPhyN Project: Towards Petascale Virtual-Data Grids
      フロリダ大、1,187万ドル、5年間
    • Virtual Instruments: Scalable Software Instruments for the Grid
      カリフォルニア大サンディエゴ校、252万ドル、3年間
    • Computational Geometry for Structural Biology and Bioinformatics
      デューク大(ノースカロライナ州)、722万ドル、5年間
    • Simulation of Flows with Dynamic Interfaces on Multi-Teraflop Computers
      カーネギー・メロン大(ペンシルバニア州)、311万ドル、4年間
    • Visualization of Multi-valued Scientific Data: Applying Ideas from Art and Perceptual Psychology
      ブラウン大(ロードアイランド州)、229万ドル、5年間
    • Computational Infrastructure for Microfluidic Systems with Applications to Biotechnology
      カリフォルニア大サンタバーバラ校、289万ドル、4年間
    • Adaptive Software for Field-driven Simulations
      コーネル大(ニューヨーク州)、500万ドル、5年間
  1. IT教育と労働
    • New Approaches to Human Capital Development through Information Technology Research
      ノースイースタン大(マサチューセッツ州)、317万ドル、5年間
    • Learning-Centered Design Methodology: Meeting the Nation's Need for Computational Tools for K-12 Science Education (Engineering Scaffolded Work Environments)
      ミシガン大、299万ドル、3年間
    • Development and Evaluation of a Model Information Technology Training and Education Program for Rural Communities
      ダコタ州立大(サウスダコタ州)、83万ドル、5年間
    • Investigation of a Model for Online Resource Creation and Sharing in Educational Settings
      ミシガン州立大、205万ドル、5年間
    • Systems for Learning Science and Assessing Student Learning
      ノースダコタ州立大ファーゴ校、194万ドル、5年間
  1. ITの社会的インプリケーション
    • Expertise coordination and information technology in high velocity work environments
      メリーランド大バルチモア校、49万ドル、3年間
    • HomeNetToo: Motivational, affective and cognitive factors and Internet use: Explaining the digital divide and the Internet paradox
      ミシガン州立大、153万ドル、3年間
    • Globalization, Electronic Commerce and Social Impacts: The Influence of National Environments on Diffusion and Impacts of the Internet
      カリフォルニア大アーバイン校、149万ドル、3年間
    • Social and Economic Implications of Information Technology: What Is Really Happening?
      MIT、518万ドル、5年間
    • A Distributed Information Management Framework (REGNET) for Environmental Laws and Regulations
      スタンフォード大(カリフォルニア州)、100万ドル、3年間


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