2002年5月  JEITAニューヨーク駐在・・・荒田 良平

「IT不況下の米国IT業界のリストラに向けた取組み」


3.           ケース・スタディ(その2) 〜 ヒューレット・パッカード

 

(1)          企業プロフィール

1939年にウィリアム・ヒューレットとデヴィッド・パッカードによって設立され、カリフォルニア州Palo Altoに本社を置くHPは、計算・印刷・画像に関するソリューションやサービスを提供するグローバル企業である。HPの製品構成は、プリンタ・ハードウェア、画像、印刷用品、商業印刷の4つのカテゴリーから成る。

200110月時点で、HPは全世界でおよそ86,200人の従業員を有し、事業用に約4,390万平方フィートのスペースを所有又は賃借している。販売及びサポート向けのおよそ1,590万平方フィートのうち580万平方フィート、製造、研究開発、倉庫及び管理向けのおよそ2,800万平方フィートのうち1,980万平方フィートが米国内にある。

2001会計年度の売上高は452億ドルで、前年比7%の減だった。

 

(2)          1990年代後半の事業再構築

HP1990年代後半まで利益を出していたが、1996年に20%以上だった成長率は1997年には鈍化した。PCの価格低下による利益減少などから同社の株価の成長は株式市場全体の成長を下回り、製品の売り上げは伸びず、営業費用は急増した。アジアの財政危機、通貨の急激な変動、PCの価格競争もあって、199810月、同社は従業員2,500人を削減した。

数カ月後の19993月に、HPは、利益向上のため同社を2つの会社に分割すると発表した。一方の会社がHPを名乗りコンピュータ及び画像ビジネスを保有し、もう一方の会社は検査・計測、部品、化学分析及び医療分野を含むこととされた。この会社分割ではレイオフは行われなかった。

カーリー・フィオリーナがCEOに選出され、19997月に新しいHPの社長となり、20009月に会長になった。もう一方の会社は20006月にAgilent Technologiesになった。

 

(3)          一層の事業再構築の兆候

200010月に終了する2000会計年度に、HP経営陣は一層の人件費削減のため、米国の2,500人の従業員を対象にしたより充実した早期退職プログラムを承認し、およそ1,300人がそれに応じた。費用は計7,100万ドルで、退職手当1億ドルのうち2,900万ドルが年金や税金の減によって相殺された。他に様々なサイトの閉鎖のための費用として3,100万ドルがかかった。

最初にその影響を受けた工場の一つがコロラド州Greeleyの工場で、20001月にHPは、スキャナ、テープドライブ及び光ジュークボックスを作っていた同工場を不動産統合計画の一部として閉鎖すると発表した。640人の従業員が、2,100人が既に働いている近くのコロラド州Fort Collinsの工場に移され、別の165人にはHPのテープ記憶装置を製造しているFlextronics International社の職が用意された。

 

(4)          経済の変化(20011月〜)

HP200012月に増益を記録しコンピュータ価格を値引きしたが、20011月には、 経済状況の悪化と技術的支出の削減から利益は予想以上に減少しているとの警告を発表した。カーリー・フィオリーナは、12月の受注が非常に少なかったことに驚き、「率直に言って、誰かが突然灯を消しちゃったようだったわ。」と語っている。

この日HPの株価はニューヨーク証券取引所でこの発表前に63セント上がって32.38ドルをつけていたが、発表後に30.63ドルまで値を下げた。3つの主要な株式市場インデックスも揃って下落した。

経済状況の悪化に伴い、HP1月下旬に、販売とマーケティングの人員およそ1,770人(全従業員の2%)を20014月末までに削減すると発表した。4月になって、同社は再び収益予測を下方修正し、追加的に3,000人の従業員を管理部門から数カ月かけて削減すると発表した。HPの株価はこの発表を受けて2.65ドル(9%以上)上昇し31.90ドルをつけた。

20015月、HPは第2四半期の収益が66%減少したと発表し、6月には従業員に対し、経費削減のため自発的な給与カットか7月から10月の間での追加的な有給休暇の消化を求めた。伝えられるところによれば、従業員に与えられた選択肢は、10%の給与カット、8日分の有給休暇消化、5%の給与カットと4日分の有給休暇消化、の3つだったという。義務的な有給休暇消化は、2001年度に有給休暇を残していない従業員には適用されない。従業員が消化していない有給休暇は、レイオフや自主退職の際に会社が買い戻すことになるため、HPの会計上は負債として扱われる。カーリー・フィオリーナ自身、経費削減のため625,000ドルの年間ボーナスを受け取らなかった。こうした経費削減の結局、第4四半期には経費が13%減少した。

7月、HPは再び、それまでの4,700人に加えて更に6,000人の雇用削減を発表するとともに、第3四半期の売上が予想を下回る見通しだとの警告を発表した。カーリー・フィオリーナは、 対消費者部門の売上は価格競争のため24%減少するだろうと述べ、HPの株価は7%近く下落した。レイオフによって年間5億ドルが節約できると予想された。HPは雇用を削減する一方で重点分野で雇用を増やしていたため、同社の従業員数は2001年初頭の9万人から年央には93,000人へと増えていた。HPのスポークスマンによると、今回の雇用削減によって従業員数は年初に比べ4.4%減のおよそ86,000人になるという。HP2001年に、経費削減、マーケティングの統合、昇給の延期・抑制とボーナスの支給見合わせによって10億ドルを節約した。

フィオリーナは、同社の勤務評価制度の復活の結果、最低ランクの従業員の18%が同社を去ったと述べた。「残るべき人が残り、去るべき人が去った。」

あるアナリストは、HPの抱える大きな財務上の問題は、その利益の大部分がマージンの高いプリンタ用インクカートリッジから得られていることだと指摘する。現在のプリンタの販売不振は、将来のインクカートリッジ販売の減少による利益の減少と読み替えることができる。

別のアナリストは、HPの抱える問題の多くは外部環境で説明できるが、フィオリーナが1999年にHPを引き継いだ後に実施した、83の事業ユニットを4つに統合するという大規模な組織再編計画が、同社のような大企業にしてはあまりにも性急過ぎた面もあったと指摘する。「少し大掛かり過ぎ、少し性急過ぎた。それは間違ったやり方であり、今そのつけが回ってきているように思える。」

同社は2001年度に事業再構築のため38,400万ドルの経費をかけた。これは、海外も含めた多くの地域、業務機能、職務階層にまたがるおよそ7,500人の従業員の退職に関わる手当と、過剰施設の統合に関する経費から成る。20011031日時点で、5,700人が退職し23,800万ドルがかかった。同社はまた、2000年度に生じていた事業再構築のための経費2,600万ドルを2001年度に支払った。

 

(5)          HP-コンパック合併

20019月、HP250億ドルでコンパック・コンピュータ社を買収することを発表した。両社はPC販売で苦戦しており、製品ラインナップには重複が大きく統合の余地がある。合併には独占禁止法上の懸念や大規模統合に伴う困難といったリスクが伴うが、コンパック会長兼CEOのマイケル・カペラスは、悲惨な事業環境が合併にとってはむしろ良い方に出るだろうと語った。株式交換によって、PC、サーバー、プリンタ及びハイテク・サービスを提供する総売上高870億ドルの巨大企業が誕生することになる。

コンパックとHPは、世界のPC販売では2位と4位であるが、合計するとトップのデルをしのぐ。また、世界のサーバー販売では、コンパックが1位でHP4位である。

しかし、投資家やアナリストたちは合併には懐疑的であり、合併発表後に両社の株価はともに下落した。両社が期待されるほどの大きなコスト削減を達成できるかどうかわからないし、売上が落ち込んでいる最中に重複製品を整理しながら市場シェアを維持することも難しいのではないか、ということである。

HPとコンパックは、合併によって2003年までに24億ドルが節約されるとしているが、これはそう簡単ではないとの見方もある。両社はたくさんの製品ラインナップを有しているが、顧客は自分が持っている製品が打ち切りになるのを好まない。

もっとも、両ブランドの販売店にとっては、製品とサポートが改善されるので助けになるだろうとの見方もある。「製品の観点からは、合併は理解できる。」

両社のスポークスマンは、現時点では個人向けコンピュータ関連製品で合併の影響で打ち切りになるものはなく、仮にそうなったとしても、一般的にはその製品が打ち切られてから数ヶ月はサポートを受けられる、と言っている。

HPとコンパックの合併に伴う様々な変化は、従業員にも影響を与えそうである。あるアナリストは、「合併に伴い通常レイオフが行われるので、何らかの事業が廃止されるかもしれない。」と言う。統合後の従業員数は15,000人程度削減されて135,000人程度になるかもしれない。

HP10の主要な目標に焦点を合わせている。

1) 社内のITと管理用のインフラを統合・合理化する。

2) 製造事業部門を統合する。

3) 製品ラインナップを結合する。

4) 我々の能力を効果的に宣伝するため販売とマーケティングを調整する。

5) 新製品や新技術を低コストで導入できるよう研究開発活動を調整・合理化する。

6) 流通、マーケティングその他の重要な取引関係を維持し、潜在的に起こりうる軋轢を解決する。

7) 事業に関し継続する懸念から経営陣の注意がそれることを最小にする。

8) 従業員を事業文化が合わせられると説得し、従業員の士気を維持して、主要な従業員を留まらせる。

9) 海外の事業活動、取引関係及び施設を調整・結合する。(ローカルな法律や規則によって追加的制約を受けるかもしれない。)

10) 統合は他の独立した組織改革の完了後直ちに又はそれと並行して実施する。

 

HP2001年度における研究開発支出は27億ドルだった。


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