99年11月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

直前に迫ったコンピュータ2000年問題の近況 -3-


(2)法案の審議

連邦議会におけるY2K関連法案の審議について、これまでの報告でいろいろと伝えてきたが、 この7月の「The Y2K Act」の成立をもって一応の終息を見た。結局、法律として成立したも のは、98年10月の「Y2K情報対応公開法(Year 2000 Information and Readiness Disclosure Act)(Public Law 105-271)」と99年4月の「小規模企業Y2K対応法(Small Business Year 2000 Readiness Act)(Public Law 106-8)」と、99年7月20日に大統領が署名した「The Y2K Act (Public Law 106-37)」の3本である。

Y2K Actについては、前回の報告(4月末日)の時点では、これを推進する共和党と、意味 のない訴訟を抑えると言う趣旨は理解できるものの、被害を受け易い小企業や個人の負担の上 で大企業の保護に重きを置きすぎているとして、これに反対する民主党/クリントン政権側と の駆引きの真っ最中であった。その後も政治的な駆引きなどに巻き込まれたり、法案にも大企 業保護色を薄めるという観点からの修正が加えられたりし、最終的には成立が7月までずれ込 むこととなった。この審議状況についてはかなり詳細に追ったのだが、今更それをお伝えする ことの意味もないので、成立した法案のごく要点だけ以下に挙げておく。

(目的)
 Y2K問題への対応の統一的な標準を作ることで、改修を奨励し、Y2K問題の訴訟によらない 早期解決を促進し、被害を受けた側の権利を守りつつも無意味な訴訟の発生を抑制する。

(適用)
 2003年1月1日までに起きたY2K問題に係る1999年1月1日から2003年1月1日まで に開始される訴訟に適用される。

(訴訟猶予期間)
 原告側は訴訟前に被告に問題を通知した上で、被告に30日間の回答期間と60日間の改修期 間を与えなければならない。

(懲罰的損害賠償の制限)
従業員50人未満の小企業か資産50万ドル未満の個人に限り、懲罰的損害賠償金は実損額の 3倍までか25万ドルのうちの小さい方の額までに制限する。政府機関に対しては懲罰的損害賠 償を求めてはならない。

(比例責任)
契約責任以外の訴訟の場合は、被告の責任割合に応じた部分についてのみ責任を負う。

(不法行為訴訟の賠償制限)
不法行為に係る訴訟の場合は、原告は損害賠償が州/連邦法で認められているか、契約で定 めがあるか、身体的か物理的な損害であるかの場合を除き、損害賠償は要求できない。

(クラスアクションの制限)
 製品やサービスに欠陥がある場合のクラスアクションは、法廷がその欠陥がクラスの大多数 で具体的に起きていることを認めた場合にのみ成立。連邦地方裁判所がクラスアクションとし て受け付けるのは、賠償額が1千万ドル以上、クラスメンバーが100名以上の場合に限る。 


(3)訴訟の状況

Y2K法も成立したので、ここで少し実際の訴訟の動向について触れてみよう。10月末現在、 Hancock Rothert & Bunshoft法律事務所 (http://www.2000law.com/html/lawsuits.html)や民 間訴訟から企業や保険会社を守る側の利益を代表する団体であるFederation of Insurance & Corporate Counsel (http://www.thefederation.org/Public/Y2K/index.htm)のサイトに載せられている訴訟件数は80件弱である。Y2K法の効果を云々するにはまだ早いが、99年下期は そのうちの5,6件しか出されておらず、様子見と言うところのようである(7月20日からようやく90日が過ぎたばかりでもあるので、空白期間となるのは当然かもしれないが)。

HRB法律事務所は、掲載している78件を色々と類型化しているが、Y2K非対応製品のため 損害を被ったとして起こされる訴訟が最も多く、ビジネス用ハード/ソフトで29件、通信関連 機器で8件、消費者向け製品/サービスで16件となっている。増える傾向にあるのが、株主に よる訴訟で18件、そして保険会社と被保険者間の訴訟も最近になって6件が起こされている。 また、ソフトに係る訴訟が多いため、78件中48件がクラスアクションとなっている。

さて、訴訟の行方については、2000年1月1日を見てからでないと、あまり占ってもみても 仕方がないところ、Y2K法もできた後、法律関係者の関心事項は「保険」に移っていると言う。 Y2K法の影の起草者の一人でもあるITAA(Information Technology Association of America)のSenior Vice President、マーク・パール氏にそう聴いたので、損害保険関係者にも少し当たってみた。彼らの話では、これはどこの国の損害保険会社にも共通の問題であるとしながらも、米国は訴訟の規模が大きく、賠償金も含めて訴訟に係る費用は保険でカバーされる と言う国であることから、深刻度が違うと言うことのようらしい。

ちょうど、6月21日付けのWSJ紙がこの点について興味深い記事を載せていた。保険数理 会社であるMilliman & Robertson (http://www.milliman.com)の予測によると、Y2K問題 に係る保険会社の保険金支払い額及び訴訟費用は150〜350億ドルに上ると言う。この350億 ドルという額は、全米企業の1年分の収益の10%程度であるので、企業にとっては大きな痛手 とはならないかもしれないが、もし保険金で全部をカバーするとなると、全保険会社の収益の2 年分が吹っ飛んでしまうことになると言う。その積み上げは、以下のようになっている。

@訴訟費用(Declaratory Judgement Expenses)
 被保険者(顧客)との保険契約における保険カバーの有無についての訴訟で使われる経費(50 〜100億ドル)

A第3者責任(General Liability)
 被保険者企業が自社の製品のY2K不具合により、製品ユーザーに被害を与えた場合の保険金 支払い(40〜80億ドル)

B幹部と従業員(Directors and Officers = D&O)
 被保険者である企業幹部が自社のY2K対応の不備などで自社の業績を悪化させ、株価が下が ったなどと株主から訴えられた場合の保険金支払い(20〜50億ドル)

C業務の中断(Business Interruption)
 一時的に企業の10〜20%がY2K問題で業務が中断するなどで被った損害をカバーする保険 金支払い(20〜40億ドル)

D過失と怠慢(Errors and Omissions = E&O)
 被保険者企業の行ったY2Kプロフェッショナル・サービスが間違っていたりして、他社に被 害を与えた場合の保険金支払い(10〜40億ドル)

Eその他の保険請求(Miscellaneous Insurance Claims)
 その他のY2K関連の損害(火災、自動車レッカー等)に対する保険金支払い(10〜40億ド ル)

少し、解説が必要かもしれない。まず、AとDの事象は判り易いもので、いずれにしても被 保険者側が第3者に損害を与え、訴えられて敗訴すれば、原因がY2K問題であるかどうかを問 わずに保険金が支払われなければならないもので、保険会社と被保険者との争いになることは あまりないようである。Bも同様で(日本ではあまりないのかもしれないが)、被保険者であ る企業幹部も保険で保護される。やはり問題となるのは、@であるらしい。これについては、 たまたま6、7、8月にそれぞれGTE、ゼロックス、ユニシスの各社が保険会社を相手に訴訟 を起こしている。訴訟のポイントはどれも類似であり、自社でY2K対応のために要した費用(自 社製品ということではなく、自社の施設設備に係るもの)を、保険約款の中のいわゆる「Sue and Labor = S&L」条項がカバーしているはずなので、その費用は保険金でまかなわれるべきとい う訴訟である。もちろん、保険会社側はそこまではカバーしていないと、保険金支払いを拒否 しているわけである。不正確にならないよう、GTEのケースについてHRBのサイトから解説 文を以下に抜き出しておくが、要は「コンピュータ・プログラムなどの資産が壊れたのを回復し ようとして、起こす訴訟の費用でも、修理の労賃でも、出張費用でも保険はカバーする」とな っているところが、Y2Kでも適用されるのかどうかとの解釈の問題なのである。GTEはY2K 改修費をSECには4億ドルと報告しているが、保険会社にとっては莫大な保険金支払いとなっ てしまう。これにゼロックス、ユニシスが続いたが、保険会社はもちろんのこと、各企業はこ れらの訴訟の行方を固唾を飲んで見守っているのであろう。


The primary policies insure "against all risks of physical loss of or damage to property," including "any destruction, distortion or corruption of any computer data, coding, program or software...." The "sue and labor clauses" in the primary policies provide that: "In case of actual or imminent loss or damage by a peril insured against, it shall, without prejudice to this insurance, be lawful and necessary for the Insured ... to sue, labor, and travel for, in and about the defense, the safeguard and the recovery of the property or any part of the property insured." The primary policies also state that the insurers "shall contribute to the expenses so incurred according to the rate and quantity of the sum herein insured."

 

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