99年12月  JEIDA駐在員・・・長谷川英一

米国における新IT R&D政策の動き -3-


2.HPCC計画のアップデート

HPCC(High Performance Computing and Communications)計画について、99年度の進捗状況を簡単に説明しておこう。通常なら1999年度のインプリメンテーション・プランというのが発表されて、各研究項目毎の詳細な実行計画を知ることができるのだが、今回は発行されていない(NCOにすれば今年は予算審議に振り回されてそれどころではなかったということらしい)。そこで5月に発行された、いわゆるブルーブック(2000年度予算要求の参考資料)(http://www.ccic.gov/pubs/blue00)から拾い読みするということになるのだが、半年以上も前の発表を今更ここで紹介するのもどうかと思うので、ここでは先日のSC99の展示などを見て気がついたことやいくつかの実施省庁を回って聞いたことなどを少し紹介してみよう。

HPCCの中心はもちろんHECC(High End Computing and Computation)であるが、その内容としては、ハイエンド・アーキテクチャー、ハイエンド・ハードウェア・コンポーネント、基礎/アルゴリズム研究、ソフトウェア、ハイエンド・アプリケーションに大きく分けられる。SC99の会場で昨年12月にも述べたテラコンピュータ社のMTA(Multithreaded Architecture)コンピュータの話を聞いていたところ、今やASCIのような超並列ではプロセッサとメモリー間のレイテンシー(データを読み出してくる待ち時間)などの限界があることは定説で、今後のハイエンドの主流がマルチ・スレディングに移ってくると言う。現にHECCでもHEMT(Hybrid Technology Multi-Threaded)計画が注目を集めていると聞き、HEMTの展示ブースでも話を聞いた。HEMT(http://htmt.jpl.nasa.gov)は2005年頃までにペタフロップスのレベルを達成すべく、ASCIなどの超並列の対極に立つ方法、すなわち超電導プロセッサ(クロック速度が50〜100GHz(一方の超並列機では2〜3.5GHz程度))とマルチスレディングを組み合わせたアーキテクチャーを完成しようと言うもの。98、99年度と2年間で7百万ドルの予算でシステムの基本設計を行ってきたところで、この評価でOKが出たら、2000年度からプロトタイプの製作に入ると言う。推進グループの中心は、NASAのジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory = JPL)である。

ところでテラコンピュータ(http://www.tera.com)のMTAマシンも、HECCのハイエンド・アーキテクチャー評価という研究項目に組み込まれている。もともと98年4月にサンディエゴ・スーパーコンピュータ・センター(SDSC)に2プロセッサのものを納めて以来、99年2月に4プロセッサに、7月に8プロセッサにアップグレードしていた。さらに、この11月には従来のスポンサーであったNSFとDARPAに代わって、NSA(National Security Agency)が250万ドルをかけて16プロセッサ化すると発表しており、マルチスレッドのアーキテクチャーへの期待が高いことがわかる。  

11月にNASAを訪ねたところ、もう一つHECCの中でNASAが力を入れているIntelligent Synthesis Environment(ISE)計画について説明を受けた。この計画は離れている研究者やエンジニアが、バーチャルに共同作業を行うことを可能にしようとするもので、ハイエンド・アプリケーションの研究に位置付けられているが、NGIの成果に負うところも大きいし、ヒューマン・センタード・システム(HuCS)の各研究にも関係が深いという欲張りな計画のようである。予算としては99年度に2千万ドル、2000年度に4千万ドルをISEの基礎的な研究に当てるが、NASAはシャトル/宇宙ステーション、再使用型ローンチ・ビークル、高度地球観測衛星、深宇宙探査機などの開発と言うミッションにもこれを活用するため、ミッション側からも大きな予算を当てていると言う。

DARPAでは、HECCとしてはHTMTもやっているが、DARPAの使命であるより長期的なターゲットを狙うと言う観点から、Quantum Computing、DNA Computing、Amorphous Computingなどの基礎的な研究を開始していると言う。しかし一方では、湾岸戦争で米軍が直面したコミュニケーションと偵察監視の技術問題に取り組むよう国防総省や議会から圧力がかけられたため、DARPAの本来の先端性を喪失するような研究をやらなければならなくなっているともされ、例えばBattlefield awareness(戦場で敵国言語の文字や音声から情報を理解できる形で抽出する技術、HuCSに分類)などに力を入れている。そうは言いながら、DARPAのHPCC研究費のうちの大きな部分は、現在はLSN(Large Scale Networking)/NGIに向けられている。

NGIのテストベッドの目標として、(Goal2.1)100以上のサイトをエンド・ツー・エンドでOC-3(155Mbps)(すなわち97年時点のインターネットの速度(平均1.54Mbps)の100倍以上)で結ぶ(99年度まで)、(Goal2.2)10以上のサイトをOC-48(2.5Gbps)(同1000倍以上)で結ぶ(2000年度まで)、という2段階があるが、DARPAはこのGoal2.2のテストベッドとしてSuperNetを提供しているのである。因みに、Goal2.1のベースとなっているNSFのvBNS(http://www.vbns.net)は、この11月段階で101の大学・研究所が接続されており(別に37が接続準備中)、速度も大半がOC-3としているので、目標の達成は目前ということになる。

SuperNet(http://www.ngi-supernet.org)はマップの通り、西海岸をOC-192(10Gbps)で結ぶNTON(National Transparent Optical Network)、東西をエンド・ツー・エンド2.5Gbpsで結ぶためのHSCC (High Speed Connectivity Consortium) 、ボストン・エリアで主にWDM(光波長多重技術)の実験を行っているONRAMP(Optical Network for Regional Access with Multi-wavelength Protocols)、ボストンとワシントンD.C.を結ぶBOSSNET 、首都圏でDARPA、NASA、NSAなどを 20 Gbpsで結ぶATDNET (Advanced Technology Demonstration Network) という5つの要素で成り立つものである。その進捗状況を示す好例として、この11月15日にSC99の会場で一つのデモが行われた。それは、NTONを用い、シアトルのマイクロソフト社とワシントン大学からポートランドのSC99の会場に向けてHDTV放送を送ると言うものであった。ソニーの協力を得て行われたこのデモでは、スタジオ品質のHDTV5チャンネルを同時に送ると言うもので、約1Gbpsが使われたが、通常のTV放送では150チャンネル分、放送品質のHDTVでは50チャンネル分に相当すると言う。他のアプリケーションも同時に動かして、全体としては2Gbps以上のスループットを確認している。もちろんマイクロソフトはこれをウィンドウズ2000のワークステーション間で行えると、しっかり宣伝を忘れてはいない。と言うことで、NGIのGoal2.2に向けての努力も着実に実りつつあると言うことのようである。

NGIのGoal3である革新的アプリケーションと言うことで、NIHを11月に訪問した際に聞いたことを付け加えておきたい。NIH(NIHの一部であるNational Library of Medicine = NLMを含み)は以前はHuCSのチャンピオンであったのだが、今やLSN/NGIのアプリケーションのチャンピオンとなっており、大きく、Co-Laboratory、Telemedicine、Large Database Accessの3つの研究を行っているとのこと。遠隔医療については、4〜5年前から本格化しているが、実現のレベルに達しつつあり、アイルランドとヨルダンの癌センターとネットワークで接続し、例えばX線やCTスキャン画像を送ったり、電子顕微鏡の遠隔操作を行ったりなどができるようになっていると言う。また、NLMではデジタル・ライブラリーのプロジェクトの中で、Medical Informatics計画を進めており、医療関連のナレッジソースの利用や人のゲノム情報、あるいは個人のカルテに至るまで、大量の情報へのアクセスを可能にする研究を行っている。


SUPERNET TESTBEDhttp://www.ngi-supernet.org/map.html


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